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だがその中にも例外があり、クリスタルはその最たるものだった。
非破壊オブジェクトとプレイヤーは呼ぶが、それはゲームの仕様上から見ても、絶対に破壊することができないシステムの根幹に関わるものだ。拠点を設定するクリスタルがなくなれば、俺たちはあの世界へと繋がる門を失うに等しい。
しかし掲示板に散見されるリムルガンド事件の情報には、その非破壊オブジェクトが消失した旨が記されている。出回る情報の少なさと、書かれている内容の突拍子のなさが、閲覧者に疑念という判を押させているのだ。
《デマ流す奴マジで死ね》
《ゲームシステムが崩壊するようなことするわけないだろ。レス欲しいからってクソスレ立てるな》
そして現在の書き込みまで辿っていくに従い、俺のスレッドもこのような批判の声が大きくなっていた。
ボードをベッドに放り投げ、力なく後ろに倒れる。こんな状況の中で、目当ての囚人を探しだすことなんてできるのだろうか。連日、嫌というほど蜘蛛に食い殺されるだけでなく、麻奈の索敵に合わせて何度もログインしている影響で、異常なペースで懐の具合が寒くなっていく。精神面と財政面、二つの問題に神経をすり減され、力なくぐったりとベッドに横たわった。
焦りと不安に駆られる心を諌めるために目蓋を閉じる。
(落ち着け。ここで焦っても、空回りするだけだ。いまやっていることは、必ずリズレッドたちに繋がる一番の近道のはずだ)
言い聞かせるように何度も心の中で反芻した。
明日は大学で講義を二つ受けたあと、麻奈とタイミングを合わせてログインする予定だ。といっても、彼女はほぼ一日中あちらの世界に潜っているので、時間を合わせるのは俺の方なのだが。
意識が虚ろになり始めたとき、かたわらのボードから通知音が鳴った。
無造作に手にとって確認すると、スレッドに返信があったことを伝えるポップアップが表示されていた。
とくに期待せずにそれをタップして中身を開くと、そこにはこう書かれたメッセージが、スレッドの最後に追記されていた。
《でもシューノ監獄から助けてくれたのもラビだろ? 俺はもっと、こいつのこと信じてもいいと思うけどなあ》
今までの嘲笑や罵声とは、明らかに違う意思を感じる書き込みだった。
思わずベッドから起き上がり、その後の動向を見守る。
そこからは、その発言に対する反論が続々と書き込まれた。だがこの発信者は全く気に留める様子もなく、それらを無視して自分の考えを述べていく。匿名とはいえ、多数から悪罵を浴びせられても平然と書き込み続ける謎の人物に、次第にスレッドの空気が変わり始めた。
しかし、とある疑問があった。
たしかにシューノの事件を解決したのは俺だが、それは初日にログインしていたごく少数のプレイヤーしか知らないはずだ。しかもその少数は、一年間プレイしている中で一度もコンタクトを取っておらず、いまさら思い出したかのように掲示板で擁護してくれるなどとは、到底思えなかった。
一体どこの誰が加勢してくれているのかと思い、首を傾げつつ、黙ってボードの画面にかじりつく。
《シューノを救ったのがあのザ・ワンだとして、さすがにこれは突拍子もなさすぎるだろ。クリスタルが破壊されたら、そこでセーブしてたプレイヤーはどうなるんだ?》
《それも他のスレッドで書かれてるだろ。クリスタルを破壊された状態で死んだらキャラがロストする。でも魔王軍が作った擬似クリスタルに強制的に拠点を移されたから、今回は無事だったってな》
《嘘に嘘を重ねて収集つかなくなってるだけだろ。大体、スレ主が本物のラビかどうかも怪しい》
《証拠は散々書き込まれてる。十日前に商人をしてるプレイヤーから翡翠を買った話も、もう裏は取れた。ウィスフェンドの鷹の翼にいるドワーフに訊いてみろ。守秘義務がどうとか言ってくるが、上物の酒を持っていけばすぐに教えてくれるぜ》
驚いて大きく目を見開いた。
本人と証明する内容を、そこまで精査してくれるプレイヤーがいるとは思ってもいなかったのだ。あくまでも信憑性を上げるために打った、やぶれかぶれの一手だった。しかし画面の向こうにいる謎の人物は、律儀にウィスフェンドまで赴いて、事実かどうかを確かめてくれたらしい。
一体この相手は誰なのかと考えを巡らせていると、ふいに違うプレイヤーからの書き込みが追記された。
《だがもしラビだとすれば、それは逆に好都合じゃないか? 俺たちは全員エデンを目指してプレイしている。ザ・ワンがいなくなれば、それだけ自分が一億ドルを手に入れる確率が上がるんだ。お前だってそれは望ましいことだろう?》
その書き込みの後、程なくして一つのメッセージが追加された。相手は無論、あの謎の人物だ。
今までとは違いとても短い文章で、書き捨てるように、簡潔にこう記されていた。
《興味ないね》
俺はそこで、ようやく画面の向こうにいる人物が誰なのかがわかり、途端に気持ちが沸き立つのを覚えた。
あいつは事件のあともウィスフェンドに残り、俺の行方を追ってくれていたのだ。頭の中であの特徴的な金髪のつんつん頭を想像して、思わずボードを握る手に力が込もった。
全く、ロールプレイが板についてきたのかもしれないな。不覚ながら俺は、この大多数の人間たちから、淡々と自分を守ってくれた友人を、心から格好良いと思ってしまった。
ボードを握った手に熱を込めながら、彼に届くことを願って低く呟いた。
「――ありがとう、クラウド」
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