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 それからあとは、不思議と好意的なメッセージもちらほらと書き込まれるようになっていった。

 しばらく経過を見守っていたが、クラウドからの投稿はそれ以降なく、ようやく回り初めたスレッドを見守っているようだった。ここで俺が何かを発言すれば、再び場が荒れる可能性がある。今日は情報捜査を切り上げて、大人しく寝に入ることにした。


「今度会ったときは、今度はこっちが酒を奢らないといけないな」


 布団のなかでそう呟いたあと、すぐに睡魔が襲ってきた。

 麻奈と会って実に十日ぶりに訪れた、新たな一歩の充足感を感じながら、その夜は久々にベッドの暖かさを感じられたような気がした。


 ――それから二日後。

 俺は大学生と死刑囚の二重生活を送るかたわら、BBSに目を通す日々を送っていた。


 麻奈のほうはリズレッドたちとのパーティプレイが型にはまっているようで、今日はついにゴーレムを撃破できたと喜んでいた。別に捜索をさぼっているわけではなく、俺がALAに転移して生き残れる時間は、最大で約四十秒ほどしかない。無尽蔵に何度もログインできれば良いのだが、ワンプレイ三千円という金額は、一介の大学生には重いのだ。


 いままでRMTで稼いだ貯蓄を削って補填しているが、一日三回、それを十五日分繰り返すのが、俺に残されたチャンスの回数だった。そのため、彼女にはどうしても待機時間が生まれる。プレイ料金がかかっているのは向こうも同じであり、貴重な時間を俺の捜索に当ててもらっているのだから、合間の息抜きくらいでとやかく言うのはおかしいだろう。


 なによりも、リズレッドとアミュレの近況を知れるのが嬉しかった。

 伝言を預かろうか? という麻奈からの提案もあったのだが、あの監獄を突破するまで二人と意思疎通を取るのはやめておいた。安易に会話が成立してしまうと、この状況を打開するという決意が薄れそうな気がしたのだ。そしてそれはリズレッドたちも同じようで、麻奈からあの悪戯めいた笑顔で「相思相愛だね」と冷やかされて、再び顔を赤くさせられた。無論、そのあと盛大に笑われたのは言うまでもない。


 だが仕方ないだろう。ふいに思い出してしまったのだ。あのロックイーターとの最終決戦の最中、リズレッドが俺に言った『愛してる』という言葉を。

 翔ではなく、ラビを、という前置詞はあったが、それでも年齢イコール彼女いない歴の俺には、十分に嬉しい言葉だった。


 気を取り直して、俺はギルドのソファに座りながら、ボードの画面を覗き込んだ。

 クラウドが変えてくれたスレッドの雰囲気はなおも継続しており、当初見られていた否定的な意見は鳴りを潜め、今回の事件に対する議論の場へと変わっていた。これもまたこちらの意図とは違うのだが、誹謗中傷で溢れているよりは何倍もマシだ。

 リズレッドのファンからの書き込みは過激なものも多く、彼女の人気がどれほどあるかを知れたという意味では、とても良い経験はできたのだが……。


《やっぱり、いまのウィスフェンド周辺は危険だな。手に負えないレベルのモンスターが群れで行動してる》

《同意。仲間(レベル20超えの超ベテラン)が瞬殺されたのを見て一瞬で引き返した》

《その後の仲間は?》

《知らん。まあ安全圏のクリスタルに拠点設定してたから、ロストはしてないんじゃね?》

《少し前まではレベル10中盤でもなんとか狩れるモンスターだけだったのにな。やっぱりこれも噂の通り、魔王軍が常駐してるってことか?》

《だとしたらもう俺たちが手に負える案件じゃないだろ。英雄クラスのネイティブの出番じゃん》

《プラチナ級プレイヤーさん出番ですよ、っと》

《無理だろ。あいつらは自分の利益にならないと表に出てこねえよ。ザ・ワンを助けるために、パートナーが死ぬ危険のある戦いになんて参戦するわけねえ》


 BBSに次々と書き込まれる情報に、胸が締め付けられるようだった。それはプラチナ級プレイヤーが自分を救出することはないだろうという話題にではない。リズレッドの人間嫌いを口実に、他プレイヤーとあまり接触を持たずに旅をしてきたのは俺の責任だ。いまさら大クランのどこかが、都合よく手を貸してくれるなどとは思っていない。


 焦燥の理由は、ウィスフェンドの近況に対してだった。

 魔王軍が進軍しているという話しは麻奈からも聞いていたが、そこまで大軍を成して押し寄せているとは予想していなかったのだ。奴らがウィスフェンドを狙う理由は、どう考えても俺が原因だ。ロックイーターという魔物が、それだけ向こうの重要な要員だったということなのだろう。もっとも、奴が一体ではなく複数体存在していたのを考えると、ロックイーター討伐への復讐というよりは、魔王軍に手を出したことへの報復の意味合いが強いのかもしれない。


 ウィスフェンドには少ない時間しか滞在していなかったが、それでも親しくなった友人がいる。ギルドでお世話になったロズさんや、戦場で別れたきりのホークが脳裏に浮かんだ。彼らが押し寄せる魔物に容赦なく蹂躙されるさまを想像すると、自分のせいでこなるのかもしれないとう焦慮で一杯になった。


 それになにより、目下で一番危険なのは、おそらくリズレッドだ。彼女が俺とパーティを組んでいる事実は、ギルドを通せばすぐにわかる。混乱するウィスフェンドの人たちにそれが知れ渡れば、暴走した敵意が彼女に向くことも十分に考えられた。

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