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 辺りがざわめいた。

 あのノートンまでもが、顔をしかめて彼女の一挙手一投足に感覚を研ぎ澄ませている。

 しかし当の本人はそのことにまるで気づく様子もなく、自らの上司に相立ち、放たれる威圧に負けないように言葉を発することに専心していた。


「……もちろん、いままでも無期限の罰を下された冒険者はおりました。ですがそれは釈明の余地がなく、改善が見込まれなかった者たちばかりです。……ラビ様は違います。私を助けるために、ああするしかなかったのです」

「……ふむ、言葉ではなく、力でしか解決できなかったと?」

「レベルが拮抗した者同士なら、言葉による解決も可能でしょう。ですがウィスフェンドギルドを指揮する支部長なら、ラビ様とノートン様の間に、どれだけのレベル差が存在するかは承知のはずです。大きな力量の差は、言葉による解決という選択肢を奪う場合もあると私は思います」

「……たしかに、彼らの間には少なくないレベル差があることは認めよう。……それで、つまり君は何が言いたいのだね?」

「……チャンスを与えて欲しいのです。冒険者として受けた罰を、冒険者として払拭するチャンスを」


 周りにいる観衆が、彼女の熱弁の前に言葉のひとつも発せず押し黙っていた。普段は規律を守り、粛々と業務をこなすロズが、ここまで多弁に上司に進言する場面など、おそらく誰も見たことがないのだろう。

 果たしてバッハルードはその申し出を対し、


「……なるほど、冒険者として、か」


 威厳あるカイゼル髭を揺らして、不敵ににやりと笑った。勇ましさすら感じさせる、剛とした笑みだった。


「面白い……ラビ・ホワイト君、彼女はこう言っているが、君自身にそのチャンスを受け取る意思はあるのかね?」


 あくまでも厳粛にそう告げる支部長に、俺は即答した。


「はい、もちろんです!」

「……宜しい。では私にひとつ、うってつけの良い考えがある。少し待っていたまえ」


 そう言うとバッハルードは出てきた奥の間へと再び戻っていった。

 俺は彼が一体どのような提案を出してくるのか思惟し、心臓を早打たせる。

 彼はすぐに広間へ戻ってきた。散乱したテーブルの中からひとつを見繕ってもとに戻し、おもむろに机上に一枚の羊皮紙を置いた。それこそが奥の間から持ってきた、彼の考えの核心に迫るものだった。

 バッハルードは指でとんとんとそれを叩きながら、口を開く。


「こいつを討伐したまえ」


 まるで敵軍の将を討ち取ってこいと言うような、重く森厳な声だった。

 ロズがそれを覗きこむと、一気に顔が青ざめた。


「し、支部長っ!? これは……この情報は、本当に確かなものなのですか!?」

「間違いない。先ほどまで俺は奥の間で領主殿と話をしていた。緊急の要件だと言うので時間を裂いた訳だが、確かにこいつが再び現れたとなれば、街を揺るがす大問題だ」

「領主様が……直接……」

「ああ。守備兵隊が街の付近を巡回中に、たまたま目撃したらしい。信用のおける兵士だ。まず間違いない」

「しかし……だとしたら尚更……《ロックイーター》の討伐だなんて……」


 そのモンスターの名が出た途端、辺りの冒険者が一斉にざわめいた。全員が驚愕の様相を隠しもせず、隣にいる同士でなにかを話し込み始める。だがその中でただ一人、ノートンだけが眉間に眉を寄せて、困惑とは違う判断のつかない表情をしていた。


 俺は《ロックイーター》という名前に聞き覚えがないので、こいつがどれだけ難易度の高いクエストなのかはわからないが、とんでもない難題を提示されたのだけは理解できた。


「ロズさん、《ロックイーター》って……?」

「……五十年ほど前に、ウィスフェンドを襲った魔物です。当時の騎士団や魔導師隊が討伐に乗り出しましたが、全員が帰らぬ人となってしまった、悪夢のような事件の首謀者です。でもなんで、今頃になって……」

「今頃?」

「はい、《ロックイーター》はある日を堺に、夢のように消えてしまったんです。大量の死者だけを残して、忽然と。それから現在まで目撃情報は全く出ず、ウィスフェンドにも平和が戻ったので、寿命で死んだといのが定説となっておりました。それでも恐怖は消えず、五十年経ったいまでもこの街に悪夢として語り継がれる存在……ゆえにロックイーター……城塞の捕食者……なんです」

「……そいつが、俺のターゲットか……」


 力と智慧の街であるここを一方的に蹂躙して忽然と消えた悪夢。我ながら、とんでもない相手をしなければいけなくなったようだ。だが化物を相手取るのはこれが初めてではない。アモンデルトやドラウグルと戦ったときのように、リズレッドと連携すれば、必ず勝機はあるはずだ。


 そう思っていた矢先、バッハルードが、


「そうそう、君のパーティメンバーのリズレッド君には、一切の戦闘中の手出しを禁ずる。君が犯した罪は、君だけの力で拭いたまえ」


 淡々とそう述べた。


「……ッ!?」

「支部長! 彼に死ねと!?」

「本来、罪の払拭とはそれくらいの覚悟を必要とするものだ。では悪いが私も忙しい身でね、もうこれで失礼させてもらう。これを受けるも良し、受けなくても良し。全てはラビ君が決めることだ」

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