26
あくまで無気力な態度を取り続ける弔花。
しかしここまでは想定内だった。彼女の本心に切迫するための、試し斬りの一刀のようなものである。対して向こうは無抵抗を貫いた。どうせここにいる私は幻で、いくら斬りかかられても痛くも痒くもないのだ、という風に。
間合いまで距離を詰めた俺が次に取るべき行動は、いまにも霧散しそうな弔花の心を、きつく引き締めることだった。
俺はそのために、ひとつのメッセージを打ち込んだ。
それは心臓が軋むような、ひどく気分の悪い文章だった。
《でもパートナーが死んだんだろ? 大変だよなあ、せっかくいままで育ててやったキャラがロストしたなんて、いままでの苦労が水の泡じゃん》
返答はなかった。
もうどうでも良いと言いつつも、とりあえず返信だけはしていた彼女が、ここで始めて沈黙を選択してきた。その行動が、俺の確信の度合いをさらに高める。胸がえぐられるような気分で、さらにまくし立てるように連続で剣を振るった。
《でも所詮はただのデータなんだし、そんなことはもう忘れて、またゲームを楽しめばいいだろ? バディになれなくても、戦力としてなら代わりはいくらでもいるんだしさ。ところで、弔花はいままで何人のネイティブを殺してきたんだ? 血濡れの姉妹って言われるくらいなんだから、すごい人数なんだろうな。どれが一番笑えたか、教えてくれよ》
鏡花のルームに追加されていく呪いめいた言葉。正直、自分の内からこんな文章が出てくるとは思わず、少しだけショックだった。
だが俺は、あのとき――リムルガンドでロックイーター第二形態と戦ったとき――確かにそんな気分だった。あの世界全てが色あせて、目に見えるもの全てがデータという無価値な存在にしか見えなくなった。まるで何百時間もプレイして、すっかり新鮮味のなくなったゲームのように。
謎の声から与えられた
0と1の集合体だろうと、この現実の世界のどこかにある、小さなサーバーに収まった存在であろうと、そんなことは関係なかった。人として俺はリズレッドを愛していると、自分自身の心にはっきりと確信を持って言えた。だからこそまた絶対、彼女と再開するのだと決意できる。
そしてもし弔花にも、そんな色あせた世界の中で、唯一輝く誰かを見つけたのだとしたら……。
果たして弔花は、俺の暴言に対して、
《……うるさい》
非道く不快な感情をあきらかにしながら、言葉を返してきた。
俺は彼女の心が、幻から実体へ凝縮されるのを感覚した。
それを実証するかのように、弔花はそこから止まらなくなった。
《シキはデータじゃない。何も知らないのに、知った風な口を効かないで》
《みんなそう。ネイティブはNPCだって言って、簡単に殺そうとする》
《私も最初はそう思ってた。姉さんと一緒にネイティブと戦って、わざと攻撃を受けて楽しんでた。シキが死ぬまでは》
《でも、いまは違う。あなたみたいに、死んでも変えが効くデータだなんて思ってない》
《そんな程度の認識で、私に同意するような真似しないで》
《大嫌い、みんな大嫌い》
自分から溢れ出た感情を制御できないという調子で、弔花は短文を何度も送ってきた。
たまらず鏡花が叫びを上げた。
《弔花、どうしたの!?》
おそらく鏡花には、少なくともいまはまだ理解できない感情なのだろう。ずっと自分と同じ価値観を抱き続けていると思っていた妹が、血まみれの世界で過ごす同居人だと思っていた妹が、そのどす黒い色あせた世界に、輝く存在を見出していたなどとは。
《好きだったんだな、シキのことが》
その言葉に、間断なく返信がきた。
《そうやって馬鹿にしてるんでしょう》
《馬鹿になんてしてないさ》
《また同意する振り? いい加減にして。これ以上、下手な芝居はやめて》
《振りじゃない。俺も同じ気持ちだ》
《そうやって、本当は内心で笑ってるんでしょう? ネイティブに恋なんて馬鹿みたいだって。きっとこいつは頭が弱いから、適当に遊んでやろうって》
《そう思って、誰にも相談できなかったんだな。仮想の人格だと思ってたネイティブが、あんなに人間的だなんて思わないもんな。でもALAをプレイして、わかったんだろ》
《……もういい、やめて》
《シキって奴を亡くして、自暴自棄になる気持ちはわかる。だけど本当にそれでいいのか? シキと一緒に過ごした世界をこんな形で去って、悔いは残らないのか?》
《やめて……本当に……》
《俺もパートナーを失ったら、弔花と同じ気持ちになると思う。世界が色あせて、白黒になるんだ。そしてその世界にはもう、二度と色が戻らないんじゃないかと不安になって、ならいっそと目をつむるんだ。白黒しか存在しない世界なら、全部黒のほうがマシだと思ってさ》
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