25
《血濡れの姉妹は、二人だけのクランだと聞いてたが》
《今まではそうですわ。ですが、エデン到達戦に私たちが参加しないはずがないでしょう? 賞金にはあまり興味がありませんが、そこに集まる召喚者やネイティブは、実に私たちを楽しませてくれますもの。だから私も弔花も、きちんとパートナーをこしらえましたの。だいぶ契約の期間が差し迫っていたので、実戦で使うには心もとないネイティブしか残っておりませんでしたが》
《じゃあいままでは、表立って血濡れの姉妹として行動する裏で、そのパートナーたちを育てていたってことか》
《そういうことですわ。そして、そろそろ物になってきたと思っていた矢先、この事件が起きたというわけです》
淡々と語る鏡花からは、ネイティブや、自らのパートナーでさえもパーツとして捉えている様子がありありと見て取れた。名前も、どんな容姿なのかも一切語る気はない。というよりもそんなものに興味などないし、俺が興味を持つなど思ってもいないという感じだった。
俺は、今までの苦労が無駄になったと落胆する鏡花のメッセージに言葉を続けた。
《弔花は、パートナーを亡くしてから元気がないのか?》
その質問は鏡花にとってとても意外だったらしく、いつもの食ってかかるような返信速度ではなく、一拍置いたあとに返答がきた。不思議そうに首をかしげる彼女が目に浮かぶようだった。
《そういえば、そうですわね》
そして俺も同じく一拍を置いた。
思い至った予測が確信に変わっていた。問題は、どう斬り込むかだった。この姉をなんとかしなければ、後ろに控える妹にはたどり着けない。自分がこれから口走ろうとしている言葉に対して、鏡花がどう抵抗してきても突き進む。そう覚悟を決める必要があった。
呼吸を吸い、吐いた。ゆっくりと肺をしぼめて気持ちを落ち着かせたあと、意を決して告げた。
《弔花に会わせてくれないか》
会うというのは、無論、現実世界でという意味ではない。このアプリは個別チャットの他にもグループチャットにも対応している。一対一から始まったルームでも、途中でメンバーを加えることが可能だった。鏡花はそれを聞き、先ほどとは打って変わって即答した。
《弔花になんの用ですの》
画面越しから、彼女の雰囲気が一変したの感じた。訝しむというよりは、その言葉を吐いた奴は全員が敵であるという、断定に近い感情すら伺えた。
自らの異常性を唯一打ち明けることができ、常に傍にいる妹という存在こそが、現実世界の鏡花のパートナーとも言えるのかもしれない。
相手を攻撃して支配することに快楽を覚える衝動の持ち主でも、誰かを大切に思う気持ちはあるのだ。そしてその心があるのなら、あるいは彼女にも……。
そこまで考えて、思考を止めた。いま考えるべきことは他にあった。
俺は鏡花の刺すような殺気に、真っ向から立ち向かう気持ちで返答した。
《あんたじゃ、いくら言ってもわからないさ》
まるきりPVPのようだった。積み重なったお互いのメッセージが、俺の目には幾重にも重ねられた剣戟の数々に見えた。威嚇を繰り返しながら相手の心へと一刀を届ける。これはそういう勝負だった。ほどなくして、画面の最下部に、新たな参加者がルームに入室するメッセージが出た。
弔花が入室しました。
機械的なそのメッセージのあとに、鏡花が言った。
《癪ですが、いまはあなたの言い分を聞いてあげます》
苦し紛れのような言葉だった。しかしこれは、自分のプライドと妹への気持ちを秤にかけて、妹を選択した彼女の勇気の結果だった。それを茶化すことなどできるわけがない。代わりに、
《サンキュー、鏡花》
そう告げた。
鏡花から返答はなかったが、引き継ぐように妹の弔花が言葉を発した。
《……用事って……なに……》
突然こんなところに呼び出されて、心底迷惑している。といった具合の言葉だった。
俺はなるべく彼女を刺激しないように自己紹介をした。
《無理言って来てもらって悪い。ええと、俺の名前はラビ。鏡花が参加することになった脱出作戦を立案した張本人だ》
《……そう……》
見るからに、私には関係ないという風だった。
これが普段からなのか、それとも今回の事件によってこうなったのかはわからないが、姉の鏡花と同じくらい厄介な相手なのは、すぐにわかった。
《一度断られたのに、何度も声をかけてごめん。でも、どうしても弔花と離したかったんだ》
《……》
《言いたくないんだったら、そのまま聞いてくれるだけでいい。俺はさっきまで鏡花に、二人がどういう経緯で監獄に囚われたのかを教えてもらってた。ロックイーターは熟練のネイティブでも手こずる相手だ。俺たち召喚者じゃ、現時点で歯が立たないのは仕方ないと思う》
《……だからなに……》
《別に。ただの労いさ。でも残念だったな》
《……別に……もうどうでもいいし……》
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