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「脱皮直後で、もうこの防御力か……!」
たまらず後ろに下がるが、それを見計らっていたロックイーターは、もう片方の手を大きく開くと、彼女を鷲掴むために迫った。それを回避するために飛びすさりながら地面を剣で弾く。盛大に土煙を上げて視界を遮ると、そのままリズレッドはハイファイアを二発放った。それは放射攻撃ではなく、火球となって相手を狙撃した。
「魔導変換!」
たまらず叫んだ。今、彼女が放ったのは間違いなく魔法の変換スキルだ。俺が先ほどファイアで行なったことを、さらに上位の魔法でリズレッドは発動させたのだ。煙幕で自分の動きを視認されるのを防ぎ、そこから不意打ちのように宙を走る二本の火矢。相手の巨大な体も、狙撃の難度を引き下げるのに一役買っていた。
『グォォオオオーー!!』
魔導変換を行なった魔法は、放射時よりも一点への破壊力が高まる。灼炎剣で貫けなかった皮膚が初めて引き裂かれ、真っ赤な血を噴き出した。
「幾千の戦場を生き抜いた私の力が、切り札を失った程度で尽きると思うな!」
叫ぶリズレッド。それに対しロックイーターは着弾直後に後ろへ退いたが、すぐにまた前進した。リズレッドの研ぎ澄まされた戦闘センスの前に、距離を取ることの無意味さを察したのだ。
「やはり獣。突進するしか脳がないか。……私の体力も限界に近い。本来なら狙撃を命中させるのも危ういが、その巨体が仇となったな!」
リズレッドはなおもハイファイアを連射し、第三第四の矢を放った。だが、
『舐めるなァァァァアアアアア!! エルフ如きががァァァアアアアアア!!!!』
避けるのが困難と理解したロックイーターは、魔法の直撃を織り込み済みで前進した。
リズレッドは回避するために軸足に力を入れた。だがその瞬間、膝が力を失い、がくりと姿勢が崩れた。上位魔法を発動した後の中尉魔法の連撃により、ついに体が悲鳴を上げたのだ。
そして一瞬止まったその隙を、ロックイーターは見逃さなかった。大質量の巨躯が猛烈な勢いで突進し、リズレッドを吹き飛ばした。
「がは……っ!」
相手の捨て身の攻撃と自らの限界に虚を衝かれ、彼女はまともに攻撃を食らってしまった。
後方へ吹っ飛び、何度も地面に激突し、その度に勢いよく跳ね飛ぶ細身の体。
しかしそれだけではなかった。飛ばされた先の地面が盛り上がったかと思うと、地の底から、さらにもう一体の竜蟲が姿を現したのだ。
『ギィィアアアアアアアアア!!』
先ほど遥か先で現れた、もう一体のロックイーターだった。第二形態に気を取られている間に、奴の接近を許していたのだ。竜蟲は攻撃を受けて硬直する彼女をその臼歯で挟み込むと、力いっぱいに咀嚼した。
「あぁぁぁああアアア゛ア゛ーーッッ!!!?」
メキメキと嫌な音が鳴り響き、リズレッドの悲鳴が上がった。
「リズレッドーーッ!?」
たまらず叫び声を上げて駆け寄った。
リズレッドはレベル50を超えるとはいえ、今や第二形態――竜亜人――となった奴も同等の力を得ている。しかも彼女の体はすでに限界で、その上、さらにもう一体の竜蟲が加わったとなれば……。
『クリスタルの破壊を完了したか……』
竜亜人が竜蟲に告げた。クリスタルを破壊する……そういえば、先ほどリズレッドも同じことを言っていた。しかし今はその様なことを考えている場合ではなかった。早くリズレッドを救出しなければ命が危ない。だが、
「ハ……《ハイファイア》!」
すり潰されながらも辛うじて動く右腕を竜蟲の喉奥へ向け、彼女は炎を放った。
『ギィィアアアアアアアア!?』
たまらず顎を開き、リズレッドを吐き出す竜蟲。食べこぼした食材のように、ぼとりと彼女が口から落ちた。咀嚼を受けた彼女はぐったりと地に伏せ、荒い息で肩を揺らしていたが、すぐに立ち上がり、剣を構え直した。だがダメージは一目でわかるほど大きく、力が入らないのか、凍えるように両膝が震えていた。
「ラビ! ここは私が引きつける! 君は早く逃げるんだ!!」
駆け寄る俺に再度制止をかけると、撤退を叫んだ。
「なに言ってるんだ! 逃げるなら二人で一緒に……」
「早くしろ! 二人とも死ぬぞ!!」
まるっきり一年前の焼き直しだった。アモンデルトから守られ、それを傍観することしかできなかったあの時と、なに一つ変わらない現実がそこにあった。……いや、違う。罪滅ボシという切り札を切ってしまった今、状況はあの頃よりも悪いと言えた。
「リズレッド、駄目だ……駄目だ!」
切り札が残っていなかろうと、ここで彼女を見捨てるようなことはできなかった。そんなことをしたら、俺は一生後悔する。人生のあらゆる場面で、愛する人を見捨て逃げた自分を蔑み、死にたくなるような自責の念に押しつぶされるだろう。
「神様、俺は死んでもいい。無限の命をすべて捧げてもいい。だから彼女だけは……リズレッドだけは……!」
駆け寄って手を伸ばした。
だがそのとき、不意に視界から彼女が消えた。リズレッド自身が動いたのではない。凄まじい質量を持った豪腕が、一瞬で彼女を吹き飛ばしたのだ。……それは竜亜人の腕だった。幼緑色を経て白濁に変色し始めた腕が、全力をもってリズレッドを殴り抜いたのだ。
『お前にはさっき随分と痛めつけられた……逃しはしないぞ』
攻撃の刹那、奴はそう言ってにやりと笑った。次いで、後方で衝突音が響いた。殴り飛ばされた先に突き出ていた岩に、リズレッドが直撃したのだ。
「――っ、――……ごぽっ」
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