09
「はい?」
「ああ、やはりラビ殿でしたか。急に呼び止めてすみません」
「いえ、そんな……それであの、あなたは?」
「はい、自分の名はアステリオス・ホーン。このたび迷宮探査隊に任命されたウィスフェンド第一兵隊士です」
礼儀正しく胸に手を添えながら腰を折って挨拶をするアステリオスと名乗る青年。その様相のせいか、どことなく日本人的な雰囲気さえ感じ、それだけで思わず親近感を覚えてしまう。
「アステリオスさんですか、初めまして。改めまして、俺はラビ・ホワイト。今回は俺の力不足で探査隊の出発が遅れてしまってすみません」
「っ、いえいえ、そんなことを言うために呼び止めたわけではないのです! というよりも、ラビ殿が持ち帰った遺物の数々を見て、そのような苦言を申せるものがいるはずがありません!」
目を見開いて、慌てた様子で繕ってくれるアステリオス。
こっちの勝手な事情で今日の調査を休んでしまったので、てっきりそのことを言われるのかと身構えたが、どうやらそういうわけではないらしい。
「……こほん。自分があなたを呼び止めたのは、なにやら神妙な顔をして歩いておられたから、一体どうしたかと思ったからなんです」
「え、俺、そんな顔してました?」
「ええ、すごく。まるでこう……断首台に昇る前の囚人のような顔つきでした」
「…………」
自分では平常心を装っていたつもりだけど、どうやら周囲からは緊張がバレバレだったらしい。そういえばフランキスカに会ったときも、もっと肩の力を抜けとか言われたような……。
「どうでしょう、お時間があるならば、あそこの店で一杯お茶でも飲んで気を紛らわしつつ、お話を聞かせていただけませんか」
そう言って彼が指差す先には、オープンテラスを備えたカフェがあった。昼前ということもあり人はまばらで、確かに気を落ち着かせるには絶好の場所だった。素性の知れない男ではあるが、その鎧に刻まれた紋章は確かに城塞都市の兵士を示すものであり、なによりもその物腰の柔らかさから、俺はふたつ返事でそれを了承した。
食事のたぐいはアバターであるラビに本来は必要ないのだが、味覚はきちんと伝わるのでお茶を楽しむことはできる。むろん空腹が癒されることはないが、逆にそれを逆手に取って、ダイエット中の女性がスイーツを食べるためにわざわわざALAにログインすることもあるらしい。
中に入るとアステリオスは手慣れた様子でメニューから二人分のコーヒーと、添え物としての焼き菓子を注文してくれた。
外のテラスに通された俺たちは、そこで給仕されてきたお茶を飲みながら、お互いのことを話し合った。
彼は孤児院で育ち、剣の腕を見込まれて兵となったあと、十四歳の頃から五年間、ずっと第一兵隊で勤めを果たしているらしい。
俺も気さくに自分の過去を話す彼に感化され、リズレッドと出会ったころの話や、いままでの旅の苦労話などをして会話に花を咲かせた。
そして会話の流れはついに今日の本題、鏡花との決闘へと至る。
「対人戦においての心構え、ですか……」
「ああ……俺は魔物との戦いが多かったから、どうしても対人戦の経験が乏しいんだ。でも相手は違う。好んで召喚者に勝負を挑みまくるような奴だから、きっとその点においてこっちは不利を強いられる。だから――兵士の経験から、なにか対人戦の心構えとかがあったら、教えて欲しいんだ。それと……」
「それと?」
「注文を色々つけて申し訳ないんだけど、できれば技術的な面じゃなくて、精神的な面での助言が貰えると嬉しい」
こちらの一方的な願いに対して、アステリオスは特に嫌な顔もせずに腕を組むと、ふむ、と鼻を鳴らしながら天井を見上げた。
……良かった、気分を害してはいないようだ。
正直、対人戦の心得は師匠であるリズレッドから再三アドバイスを受けている。だが彼女は精神論ではなく技術論に重きを置く人柄で、どうしても立会いの際の場所取りや、剣を交じわせるときの追撃、防御、いなしの選択の仕方などに偏ってしまった。もちろん、それも大いに助かった。この三日間で急ごしらえであるが、俺に足りなかった人間と戦うに至っての戦術基盤を、荒療治であるが叩き込んでくれた。
「…………ぐっ」
「? どうか?」
「あ、いや、なんでもない」
この三日間を思い出して、容赦のない教育っぷりを発揮するリズレッドが脳裏を過ぎり、思わず苦悶の表情を作ってしまった。スカーレッド・ルナーの異名を久々に思い出させるほどの、恐怖心によって本能に直接刻み込むようなスパルタっぷり。痛みのない俺でもそうだったのだから、兄弟子のバーニィなどどれほどだったのだろうか。
首から下げたネックレスを握り、今は亡き彼を偲ぶ。バーニィ、安心してくれ。彼女の技術は俺がきちんと継承する。……このラビの体が、それまで保ってくれればだけど。
と、そんな心情をひとりで発散させているとき、
「――絶対に成功させる、という意思でしょうか」
アステリオスはふと、天井を見上げたままそう呟いた。
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