23

「私は、回復役(ヒーラー)ですから」


 それは呟くように小さいが、絶対に揺るがない印象を与えるには十分だった。

 ほどなくして俺とアミュレ、ロズは付術師の工房へ入り、そこで盗っ人を捕縛した礼としてお茶を振舞われた。なんとなく薬草を煎じたような味なのではと警戒したが、コーヒーのような味でとてもおいしく、一安心した。


「ありがとう、おばあちゃん」


 ロズがそう言って付術師の老婆にお礼を告げる。


「おばあちゃん?」

「はい。実はこの工房の主、付術師アド・ファルナスは、私の祖母なんです」

「そうだったんですか……」


 確かにそれは『強力な伝手』である。というよりも、ほぼ反則ではなかろうか。

 腰の曲がった白髪の老女は、テーブルの向こうでにこにこと笑って俺たちを迎えてくれた。


「いやあ、さっきは助かったよ。聞けば昨日は、孫も助けてもらったそうじゃないか。ラビ殿には大きな借りができましたねえ」

「いや、あれはどちらかというと俺が助けられたようなものなので、そんなにかしこまらないでください。……ただちょっとお願いがありまして、どこかの部屋を一室をお借りできますか? この子と少し話がしたいんですが」

「……ふむ、なにやら訳ありの御様子ですな。相わかりましたとも、二階の部屋をお使いください。危険な薬品や呪術品が転がっておりますが、触らなければ問題ありゃしませんので」

「あ、ありがとうございます……」


 そんなものが無造作に放置されている部屋は十分に大問題な気もするのだが、贅沢も言っていられない。今はこの、すっかり黙り込んでしまった少女の事情を聞く方が先決だ。


 俺とアミュレは二人で工房の脇に備えつけられた階段を昇り、促された部屋へ入った。二階には全部で部屋が三つあったが、入口からでももわかるくらい様々なアイテムが乱雑に積まれた部屋はひとつだけしかなく、ここが彼女の言っていた危険物取扱注意の部屋に違いないのは一目でわかった。


 部屋に入ると目に飛び込んでくるのは緑や赤、黄色などの極彩色の花を咲かせる薬草たちと、モンスターの爪や革などの群々だ。思わず呆然と立ち尽くしてしまいそうになるが、強引に足を踏み出し、転がっていた椅子を二脚ひっつかむと、ひとつを彼女のそばに置いて座るように促した。


「……さ、これで俺たち二人きりだ。ここなら話してくれてもいいだろう?」

「はい、ご配慮ありがとうございます」


 そうして椅子には座ったものの、そこから沈黙が下りた。アミュレはどう話せば良いか考えあぐねいている様子で、俺は助け船になるかと思い、勝手に推測していた仮説の一端を示した。


「ひょっとして今から話すのって、アミュレの職業と関わる話か?」


 それを聞き、少女の肩が震えた。


「――図星か」

「あ、あはは、おかしいなあ。なんでバレちゃったんですか?」

「別にバレてはいないよ。ただここまで秘密に話したことなんて、今の俺には自分の職業に関することくらいしか思い当たらなかっただけさ」


 前にリズレッドが話してくれたことだ。ネイティブは一度神託された職業を変えることができない。そのため他人にそれを知られることは最大の弱点となり得るため、よほど心の通わせた相手でなければ、打ち明けることはない。だから先ほどの衆人環視の中では、話を進めることができなかったのだ。


 まあアミュレの身のこなしは職業を僧侶と断定するにはあまりにも前衛職じみていたし、そこからも推測する材料は得られた訳だが、それをいまの彼女に話しても、益のないことだった。

 かくしてアミュレは、きつく結んだ口をほどき、真実を語り始めた。


「あの……その……このことは、内密にお願いしていんです……絶対に誰にも話さないって、約束していただけますか?」

「リズレッドにもか?」

「……できれば」


 思わず眉根を寄せて考え込んだ。もし彼女がパーティに加わるとしたら、相手の職業がわからない状況を、リズレッドは容認するだろうか。

 だが考えてもみれば、エルダーを攻略した際も俺と彼女はお互いの職業を明かしていなかった。非常事態だったということもあるが、最低限の戦力として信用を担保できれば、職業提示の有無は不問とされるかもしれない。


「……わかった、リズレッドにも内緒にする。ただアミュレをパーティに入れるかどうかは、彼女にも決めてもらわなくちゃいけないことだ。職業を明かさないままじゃ心証は良くないだろうけど、それでも良ければ」

「……! ありがとうございます!」

「……それで、それだけ秘密にしておきたいことって、一体なんなんだ?」


 その問いに答える前に、アミュレは気持ちを整えるように、すう、と息を吸い込むと、深く吐き出した。

 そして一拍置いたあと、再び言葉を紡ぐ。


「……私は……もうお察しの通り、僧侶を神託された身ではありません。私は、その――盗賊、なんです」

「盗賊!?」

「……やっぱり、そういう反応になりますよね」

「あ、ああ、悪い。別に盗賊だから驚いたって訳じゃないんだ。その……あまりに突然だったから。話を続けてくれないか?」

「そうですね。ええと、どこから話せば良いのか……私は、ここから北にある《霊都シュバリア》の出身なんです」

「北……というと、人族の国バルガスの方か」

「はい、それよりももっと北、雪深い山脈に覆われて人目から隠れるように建立された街がシュバリアです。私はそこで、死霊術師を神託されるように育てられました」

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