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「相変わらず、反則みたいな技ですわね」


 内心狼狽える俺に、鏡花が納刀しながら近づいてきた。


「魔法をノータイムで発動できる『断罪セシ者』の恩恵だな。まあ本来後衛だった職業を、まかり間違って前衛で運用したことによる想定外の技……みたいなもんなのかもな」

「……普通、そんな無茶な振る舞いをする人は、早々に現実を思い知らされるものですが」

「いや、十分に思い知らされたさ」

「?」

「……リズレッドのスパルタっぷりを……知らないからお前はそう言えるんだ」


 無意識に遠くを見ながらそう告げてしまった。鏡花はその様子で色々と察してくれたのか、少しばかり身じろぎしつつも食い下がってくれた。

 実際、彼女の骨身に刻み込むような特訓がなければ、さっきのドルイドトロールの挙動にだって、逐一反応なんてできなかった。平和な日本で産まれた俺が、敵意をむき出しに襲いかかってくる巨人に冷静に胆力を維持して、あまつさえその動作をつぶさに読み取って迎撃行動を選択できた。それは全て彼女のおかげといって良い。


 考えてもみればリズレッドは騎士で、名称こそ違えど軍人という役職だったんだ。

 しかもその軍団の副隊長に直々にトレーニングされた俺は――ただ庇護されるだけの一般市民だった俺は――もしかしたらALAに出会う前とは、全く違う人生を歩んでいるのかもしれない。


「……って、考えすぎか」

「? なにか言いまして?」

「いや、なんでもないよ」


 飛躍した考えに自分自身で笑いながら、俺と鏡花は後衛のふたりと合流する。

 ――そうだ、これは飛躍した考えだ。どんなに戦闘に離れして戦いの技術を教わろうと、それはラビという体があってのことなんだから。向こうの世界の翔は、いまもポッドのなかで横たわり、実際には筋肉のひとつとて動かしてはいないのだから。


 ――じゃあ、もし。


 そこでふと、小さな疑問が湧いた。

 もし、翔が寝ている間になんらかの事故があって――その結果、最悪のケースとして命を終えてしまったとき――それでもなお、ラビとして俺が生き永らえる――そんな場合があったとき、俺は一般市民と軍人の、どちら側の人間となるのだろうか。


 そこまで考えて、今度こそかぶりを振って考察をかき消した。

 俺は俺だ。ありきたりな言い方だけど、それ以上でも以下でもない。

 こういう考えは俺の性には合ってないし、そもそもいまは迷宮攻略中で、それに集中するべきだ。


「おふたりとも怪我はなさそうですね」


 アミュレは慎重に確認して、ほっとしたようにそう告げた。


「良い連携だったぞふたりとも。とくに鏡花の手数の多さには改めて驚かされた。私の知る内にはあのような剣捌きをする流派はないのだが、一体どこで?」

「フィリオの家が貿易を営む家系だったので、そこで異国の剣技を修めた用心棒から継承したんですの。雇い主の息子を警護する身として、破格の値段で交渉できましたから」

「剣士という職業を信託されても、使う武器や流派によって全く違う戦闘スタイルになるんだな。そういや剣士って名前なのに、ヴィスみたいに斧を主武器にしてる奴もいるし」

「魔法職なのに杖で殴るという奇異な人間もいましてよ」

「うるさいな、本当はちゃんと剣を使ってたんだってば」

「……それも、だいぶおかしいと思いますけどね」


 鏡花とアミュレのふたりから同時に奇人を見るような視線が飛んでくる。

 だけどそんなことはもう慣れたもので、どんなに人から白い目で見られようが、俺はリズレッド流剣術で彼女と並び立つ男になると決めたのだ。


「なんとでも言えよ。俺はリズレッドから受けた剣技で前衛に立つ魔法職だ。そこから逃げる気はない。――さて、息抜きも済んだし、もう少し探索を続けて、それから一層目に戻ろう。構造組み替えの時間間隔も、ある程度は把握しておきたいしな」


 それから俺たちは、二層目の詮索を続けつつ、一層目の出口が開かれるのを定期的に確認しに戻るという作業をこなした。

 果たして地上へ繋がる通路が再び開かれたのは、実に三時間もあとのことだった。

 その頃には二層目で一息つける場所も見つけており、夕食もそこで済ませていたので空腹に喘ぐことはなかったが、これから先の調査を考えると鞄に詰める食料はもっと潤沢にしたほうが良いかもしれない。場合によっては、一日や二日は優に潜っていられるだけの蓄えが必要だ。


「俺たちは食わなくても死なないけど、リズレッドたちはそうもいかないもんなぁ」

「食べなくても死なないわけないでしょう。私たちだって小まめにログアウトして栄養を補給しないと、ポッドのなかで餓死ですわよ」

「さすがにそうなる前にナノマシンが緊急信号を発して強制ログアウトさせるだろ。まあそうなったら一発ペナルティで一週間こっちに来れなくなるから、どっちにしてもお断りだけど」


 地上への帰り道、鏡花とそんな他愛のない話をする。

 古代図書館の地下深くでみんなを置き去りにして一週間もあっちの世界で過ごすのだけは、なんとしてでも避けたいところだ。リズレッドや鏡花を信用していないわけじゃないが、どうしたってアミュレを守りながらでは勝手が違う。自分だけじゃななく仲間を守りつつ生存を維持するのは、やはり頭数が必要なのだ。

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