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 に、と笑みを作ってそう告げる彼に一礼をして、再び混乱の渦中へと駆け出す。

 この街の人たちは、荒っぽくてがさつで大雑把で喧嘩好きで、そういった世界とは無縁だった俺には、近寄りがたい人たちだ。けれどその分、他人を気遣うときも遠慮がない。思わず気恥ずかしくなるほどだ。

 だからこそ、その気持ちには応えたかった。新参者の俺に対してそんな言葉を投げかけてくれるなら、こちらも遠慮なくそれに答えを出すのが筋だろう。

 それに――この騒動の発端は、おそらく。


 街路を走り続けると、やがて家並みがまばらになり、そこを抜けると一気に潮の匂いが強くなった。

 物を保管する大小様々な倉庫が散見され始め、居住船から抜けたことを知らせる。

 そして潮の匂いと共に、混乱の根源たる炎の熱もまた温度を上げた。


 そして――やがて俺は、事件の中心へとたどり着いた。

 そこは他の倉庫とは明らかに違う風貌の、おそらく要塞のようなところ


 全ては炎に焼かれていた。

 分厚い外壁も、重厚だったであろう扉も、全てが燃え盛る火炎のなかで崩れ落ちるのを待つだけの存在となっていた。

 なるほどガイエンの言う通り、ここが健在な状態だったなら、ジャス達の拠点として十分だ。

 この都市でこれほどの要塞を造られれば、確かに身の安全は確保されたも同然だ。


 けれどいまは違う。

 無敵とすら思われていたであろう彼らの拠点は、呆気なく業火によって燃え落ちた。

 船上都市ではおそらく存在しないであろう、レベル55という頂にいる騎士によって。


「……よう」


 どう声をかけて良いのかわからなくなり、ぶっきらぼうに言葉を放った。

 火炎を背景に背を向ける、行方不明だったリズレッドに向けて。


「……」


 彼女はなにも応えず、自らが放った火によって焼け落ちるファミリーの拠点を見ている。

 無視をしているのではなく、本当に気づいていないようだった。心ここにあらず、という感じだった。


 俺は俺で、オズロッドの家で感じた予感が的中して、心臓が嫌な鼓動を打っている。

 見間違うものか。師と仰いだ相手が得意とする炎の魔法を。たとえ同じファイアだとしても、そこには千差万別の違いがあり、彼女の炎を最も間近で、最も多く見てきたのだから。


「……ああ、ラビ、か」


 少しして、ようやく背後にいる俺に気づいたリズレッドが、いまだ心を彼方に置いたままのような状態で告げた。

 向けられた瞳を見たとき、体中に緊張が走った。

 恐ろしく冷たい瞳だった。まるで自分のなかの熱を、残らず全て炎にして排出したかのように、なんの感情も感じられなかった。


「リズレッドが……これをやったのか」


 もはや確認の必要もない。けれど聞かずにはいられなかった。

 周りを見れば他の倉庫にも燃え移り、商売道具である船やらなにかの器具が、灰となって横たわっていた。

 この天まで焦がすような火で、どれだけの人が不安に駆られたか。そして明日を生きる術を失った人が、どれだけいるか。


 こちらの思いとは裏腹に、彼女は呆気なく首を縦に振った。


「ああ、そうだ。私がやった。私がやらねばいけなかった」

「……どうしてた。リズレッドらしくもない」

「私らしくない? ……それは、私が薄情者だと言っているのか?」

「? どういう意味だ」

「……これを見ろ」


 そう言うと、彼女はなにかをこちらに放った。

 宙に放物線を描いて飛んできたそれをキャッチする。重たいものではなかった。むしろ随分と軽い、手の中に簡単に収まる程度の物だ。


「これは?」


 自分の手に収まった物を見ると、まず初めに目に入ったのは綺麗な宝石だった。

 翡翠色の小粒な玉が、品良く装飾された耳飾りだ。


「それは五日前、魔堕ちからドロップしたアイテムだ」

「これが……」


 思い出されるのは、四つ足で奇妙な様相と動きをしていた、あのトカゲのような人の成れの果てだ。

 こんな綺麗な装飾品を身につけていたところを見ると、もとは女性だったのかもしれない。なにせ元の形から変形しすぎていて、性別すら判別不能だった。


「それは、エルダーが国外へ調査に出るエルフに向けて贈るアイテムだ」

「え……」


 途端、体の芯が冷えた。

 さっきとは違う、漠然とした不安ではなく、もっと直接的な危機感が来た。


「リズ、レッド」

「ラビ……私は君に会って、人間は思ったよりも悪くない種族なのだと思った」


 リズレッドはこちらを見ず、自分が蒔いた炎へ目を向けながら語った。


「アミュレと会い、鏡花や弔花といった人間とも知り合い、自分の価値観がどれだけ狭い視野で判断したものなのかと思った」

「人にも、色々な奴がいる」

「なんだ、ラビは彼らを肯定するのか? もうわかっているのだろう。その耳飾りをつけたエルフを、ジャスたちがどうしたのか」

「……っ違う、そうじゃない」

「別に君を責めているわけじゃない。ただ私が……気づいただけだ」


 やめろ。それ以上は。

 そう言いたかったが、まるで石になったかのように体が硬直し、喉を微動だに震わせることができない。

 リズレッドは炎へと向けていた視線を俺に戻すと、まっすぐとこちらを見て、告げた。


「人はやはり最低だ。私は、もう君と一緒に行動することはできない」

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