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昨晩、これをフランキスカに告げるかどうか、最後の話し合いを行ったときのことが脳裏に蘇った。
宿の一室で三人、ぼんやりと光るろうそくの灯に揺れながら、けれども心はそれとは反対に強固に決断していた。
「私は、どうしても知りたいです。なぜ神があのような儀式を用意したのか」
宿に備え付けらた椅子に座りながら、アミュレは呟いた。
彼女にしてみればこの街が旅の目的地のようなものだ。ここでパーティから離れるという可能性も考えていたのだが、それは全くの杞憂に終わった。
お二人が立ち止まることがないように、私もまだ、進むべき道があります。進み続けないと、私の罪は償えないですから。――そう語ったアミュレに疑問を投げたのは、彼女の過去を知らないリズレッドだった。
ここからの旅は、己の過去を隠したままでは枷にしかならない。そう判断してのことだろう。アミュレは霊都シュバリアでの出自や、その生い立ちを包み隠さず打ち明けた。
パーティメンバーは信頼がなによりも重要で、その次に職を重視するべきというのはリズレッドの常日頃の弁で、それにのっとって考えると、シーフという天啓を受けながら回復役を担う彼女を、一体どう判断するのかと少しばかり肝を冷やしたが、
「なんだ、いまさらか」
リズレッドの返答は、実にあっけらかんとしたものだった。
「迷宮学の知識はともかくとして、アミュレの索敵能力は明らかに僧侶が習得できるレベルを超えていた。あれでは無言で事実を開示しているのと変わらないよ」
「……すみません。いままだ黙っていて」
「リズレッド、アミュレを責めないでやってくれ。境遇を知ってパーティに迎え入れたのは俺だし、このことを伝えるか考えてるうちに、こんなに時間が経ってしまったのも俺のミスだ」
消沈して頭を下げる俺たちに、リズレッドは居心地が悪そうに腰に手をやりながら応えた。
「その……勘違いしないで欲しいんだが、本当に怒ってなどいないんだ。たしかにいままで私だけ除け者にされていたのは少々ショックだが、アミュレに助けられた回数を考えれば、それにごねるなんてもってのほかだからな。それにしてもまさか盗賊が本職だったとは、確かに言われてみればだが、それであれほどの癒術まで使いこなせるとは大したものだ」
「私の……友人が託してくれたものですから」
「いや、それだけじゃない」
「え?」
「少ない魔力量を補うように適切に癒術を運用しているのが、君の最も優れたところだ。古代図書館では前衛三人に対して回復役が一人という状況で、危なげなく探索できたのは舌を巻くよ」
「あ、ありがとうございます」
侮蔑こそされ、褒められるとは思っていなかったのだろう。アミュレはぽかんと口を開けて、素直に礼を言った。
「信頼も実績も、君はとっくに得ている。そんなメンバーに異を唱える気など、私はないよ」
「……」
俯いて顔を伏せるアミュレの肩が、小さく震えていた。
彼女はきっと、ずっとリズレッドを騙し続けていたことに引け目を感じていたんだろう。生死を共にする仲間に隠し事をするのは、周りだけでなく本人もきっと辛い。
だからこそ、改めて俺も次の指針への思いをさらに固めることができた。
リズレッドは古代図書館で語った。
大昔にエルフ族が住んでいたという、神との対話を果たす場所を。
「じゃあ、次の目的地には、このメンバー全身で行こう」
全員の決を取るように目を配った。
少しだけ瞳を伏せたあと、リズレッドがこくりと頷いた。
アミュレも俯いていた顔を上げ、少しだけ赤くなった瞳をまっすぐにこちらへ向けて首を縦に振った。
アミュレは古代図書館の奥深くで起こった出来事に、いまだ心の決着をつけられていなかった。
己の役目を全うして天へと還った白老が、なぜそうまでされなければいけなかったのかという疑問。
無論、神を疑うわけでも反抗を示すという訳ではなく、純粋な問いかけだった。
そして俺も、迷宮のなかで浮かんだ疑問を晴らす必要があった。
魔王は、
もしそうだとしたら、その贖罪となる行為は一体なんなのか。
魔王の討伐か、それともエデンへの到達か。
悔しいけど、いまの俺には魔王を倒す力も、エデンへの糸口も見つけられていない。
だったらひとまず、その問いかけを直接本人に投げかけてみようと思った。それに、
「……」
夜の窓辺で、無言のまま外へ視線を投げるリズレッドを見た。
彼女が白爺にふと漏らした、エルフ族の塗りつぶされた過去。それも、そこに行けばわかる気がしたから。
……そこまで昨夜の出来事を振り返ったあと、意識を再び目の前にいるフランキスカへと戻した。
横にいるふたりに目線を配ったあと、それが三人の総意なのだということを伝えるように、全員で彼と向かい合って、告げた。
「俺たちは大神樹ヴェスティアンの地――『灰塗りの聖地』へ向かいます」
◇
「ははは、いやはやお恥ずかしい」
夜のウィスフェンドを見下ろせる小高い丘の上で、ひとりの兵が奇妙な
「過去の自分の過ちを、後輩たちに取らせてしまうとは」
それはまるで会話だった。
独り言特有の独断的な様子は一切なく、目の前に誰かがいるような調子で語る彼の前には――この世界の住人には見ることも行使することもできない、召喚者の特権である白色のウィンドウが煌々と輝いていた。
《そう気落ちするもんじゃねえだろ。俺たち全員、言ってみりゃあいつらに全賭けしてるようなもんなんだしな》
彼にしか聞こえない声が響いた。
ウィスフェンド兵の大人びた声とは違う、精気に満ちた中年男性の声だ。
「彼らには、きちんとお返しをしないといけませんね」
《それなら心配ない。あいつらが今度向かいそうな場所は、もうわかってる》
「……やはり、あそこに」
《ああ、まるで導かれるようにな。もっとも、本当にそうなのかもしれねえが》
「……」
《お前が道先案内をしてやれ。あそこは一介の召喚者じゃ、まず許可が下りないだろうからな》
「僕もここでは、一介の召喚者でしかないんですけど」
《ああ、そうだな。一介の召喚者でしかねえ。――ただし、二千年生きた召喚者だ》
「あのときあなたに助けられなかったら、僕も彼のように、過去の自分に食い殺されていたんでしょうね」
《……恨んでるか。それが原因で、この世界で生き続けることになったことを》
「ははは、まさか。逆です。あのとき心の闇から分離していなければ、いまの僕はいない。派生したもう一人の僕――古代図書館の主であるミノタウロスも救いたかったですが、こうなってしまったのも因果応報でしょう」
《悪いな。俺たちにはもう時間がねえ。ゲームは始まっちまったんだからな。あとは……》
「そうですね。あとは彼らが何を選択するかです。そのために、
《無謀だと思うか》
「それは後の世を見ればわかることです」
《……》
それきり二人の会話は止んだ。
しばらくぼんやりと虫の音に耳を傾けていたウィスフェンド兵が、無造作に足を踏み出した。
「それでは、今日はこの辺で失礼します。お互いこれから忙しくなりそうですが、まあ頑張りましょう、ミスター・バルロン」
《ああ。そうだな、ミスター・アステリオス》
白色のウィンドウが消え、辺りは夜の闇に閉ざされた。
遠くに見える街の灯と、さらにはるか遠くに輝く星の光だけが彼を照らす全てになった。
そしてそれはどちらも遠すぎて、彼には到底手の届かないものだった。
アークライブ・アブソリューション
第四部 了
あとがき
こんにちは、赤黒明です。
本小説をご拝読いただきました読者の方々に心からの感謝の言葉を述べさせていただきます。
ラビたちの旅をこうして四部まで続けてこられたのも、諸兄らのご協力のおかげに他なりません。
古代図書館を経て、無軌道な道筋だった彼らの旅も、導かれるようにひとつの方向へと進み始めます。
これから勉強をかさねて、少しでも読者方々の胸に残る文を執れるよう努力してまいりますので、次の冒険もお付き合いいただければ幸いです。
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