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明るい場所に立っていた。
そこは何の不安もなく、平穏で、一歩を踏むたびに新しい素晴らしい景色を見せてくれた。
前を歩くのは、月光で染め上げたような綺麗な黄金色をした長髪の騎士と、小さな体には少し大きい杖を携えた白のローブを纏った少女だ。
ここが現実かそうでないかなんて、とっくに過ぎ去った疑問だった。
視界に入るふたりとの旅は、それを確信させてくれるほどに、沢山のものを与えてくれた。
成功も、失敗も。達成も、挫折も。
俺は彼女たちと旅をするのが好きだった。
法と秩序でかんじがらめにされた世界では、決して経験することのない多くがここにはあった。
地平線まで広がる、背の高い稲穂が一斉に風に揺れた。
海原のような波を描くその黄金の中に、ちらほらと冒険者の一行が街道を進むのが見える。
それに見とれていると、前を歩いていた、この景色と同じ髪色をした騎士が眉根を寄せながら振り返った。
「――」
何かを口にしていたけど、それは彼方から吹く風の音でかき消された。
この地方では珍しい北風で、寒さを感じないはずの体がぶるりと震えた。
そして、一転して夜が訪れた。
目を見張った。
いままで見ていた景色の全てが、一瞬にして様変わりしていた。
散見された人の群れは消えて、風になびいていた稲穂は死んだように夜の闇に溶けて消えた。
咄嗟に前を向くと、さっきまで歩いていたはずのふたりの姿も、もうどこにもなかった。
叫びを上げようと喉を震わせても、なぜか出てくるのはくぐもった自分の唸りだけで。
明るい陽光が差していた場所は、唐突に姿を変えて暗く、冷たい世界へと変貌してしまっていた。
とにかく明かりが欲しくて、洋燈を取り出そうと後ろ手にバッグをまさぐった瞬間、ふいに自分以外の気配を感じた。
「――」
今度は本当に声が出なかった。
気配を察して振り返った先には人影がひとつ、ぽつねんとこちらを見ながら立っていた。
暗闇の世界のなかで唯一それだけが認識された。
人影は男で、身の丈は俺よりも少し大きい程度。表情までは読めないが、そんなことはどうでも良かった。
その獅子のように荒々しかった様相は見る影もなく消沈し、まるで死人のように、生者を妬むような眼光を湛えてこちらをじっと見ていた。
まるで?
生者を妬むように?
……違う。
こいつが俺に向けている感情は、俺が生者だからじゃない。
そして『まるで』という表現は間違っている。だってこいつは、俺に……。
影が動いた。
一歩一歩こちらへ歩み寄り、闇のヴェールを払って近づいてくる。
冷たい汗が流れて、全身が凍りついたように震えた。
違う。違う。違う違う違う違う。
なにを拒絶しているのか自分でもわからなかったが、そうしなければ頭がどうにかなりそうだった。
覚悟したはずだ。覚悟して、この結果を選び取ったはずだ。
そう何度も心のなかで繰り返していると、唐突に影が笑い声を上げた。
あざ笑うかのように。軽蔑するかのように。
もう奴はすっかり目前まで迫っていて、さっきまで見えなかった表情も明確に見ることができた。
だがそこに、顔と呼べるものはなかった。
あるのはぐずぐずに腐って落ちた、人だったものの残骸。
頭骨すら露出して、眼球が落ちて暗い穴をのぞかせた眼窩で、はっきりと俺を見ていた。
あのときの俺は痛みを遮断していて、ゆえに戦いの痛みどころか、こいつを斬ったときの感覚さえなかった。
まるで夢のなかの出来事のようで、本当にこれは夢なんじゃないのかとさえ思っていた。
だからこいつは、ここに現れたのか。
ドクロがけたたましい笑い声を上げたのは、その考えに至ったのと同時で。
筋肉の削げた顎が不気味に動き、あの声で――あの、人の心を支配する声音で――地獄の底から罪人を引きずりこむように、告げた。
「ここは現実だ。――お前が言ったことだぜ、人殺し」
心臓が鷲掴みにされ、そのまま握りつぶされたような動機が起こり、次いで俺は
「――ハッ――ハッ――は、あ――っ」
ここがどこだか、一瞬、本当にわからなかった。
不規則に息を吐き、頭は
遅れて自分が大量の汗をかいていることに気づいた。
遅れてやってきた感覚――あちらの世界では生じない五感を感じて、ようやくここが日本だということを思い出した。
そこはなんてことはない、ここは自室のベッドの上だった。
あいつと戦った日から定期的に繰り返す、あの夢を今日も見たのだ。
深夜のしんと静まり返った室内、窓からは車道を走る車の音がかすかに響く。
今夜は月明かりはなく、部屋は明かりのひとつもなかったが……それでもあの夢の世界に比べたら、何倍も明るく感じられた。
「俺は……」
人を殺した、のか?
あの日、レオナスに向けて放った『
目の前で消し炭さえ残らず、完全に消失した光景をいまでもはっきりと覚えている。
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