2
痛覚をALAの世界で呼び覚ます『トリガー』を使用していたレオナスが、果たしてこちらの世界でどうなっているのか。
……それは想像に難くないことだった。
毎日、ALAのプレイ中に不審死した人間がニュースになっていないか確認したけど、そんな記事は一件たりともなかった。
それが本当に起きていない出来事なのか、それとも長時間プレイする性質上、あちらの世界に行っているときに偶然、不慮の事故で死ぬケースはよくあることで、特別ニュースにならないだけなのか。
どちらとも判断がつかない俺は、実感の湧かない罪悪感と常に同居しながら生きていた。
「リズレッド……今頃なにやってるかな」
再びベッドに身を落として、ぼんやりと天井を見つめながら呟いた。
彼女のことを思い浮かべると、次第に心が緩和されていくのがわかった。
自分のやったことに後悔はない。
後から悔やむくらいなら、行動しなければいけないときだったと、いまでもはっきりと思う。
――けれど、前からやってくる悪夢をどうすればいいのか。
それが今の俺には、全くわからなかった。
ただひとつ、遥か遠くにいる彼女を思うことだけが、心を落ち着かせてくれた。
次第に気分が静まり、再び混濁しはじめた意識を宙へ溶かすようにして、俺は再び眠りについた。
◇
明るい場所と暗い場所、彼は両方を目にした。
首を片側へ向け、明かりの乏しい部屋の片隅を見た。
そこにはこの暗がりこそが自分の居場所だと言わんかのように、厳重に梱包された商品がひとつ置かれていた。
出荷前に行う品質の最終確認も彼の仕事で、それと同時に趣味のひとつでもあった。
今年の商品も、格別に出来がいい。
男はそれが自分にもたらしてくれる祝福を想像して、満足げに酒をあおった。
暗がりの商品が、怒りとも恐怖ともつかない様子で震えていた。
特製の檻と、行動束縛の呪文を幾重にもほどこして梱包された、忌の存在。
満足に動くことはおろか、声すら出せない様子に男はくつくつと笑いを堪えた。
商品はそうでなくてはいけない、と言うように。
まるで農家が立派に育った収穫物を眺めて、達成感と満足感で満ちた清々しさを感じていた。
「今年も良い出来栄えだ。そろそろ都市が港に着く。甘い果実を求めて、世界から『顧客』が集まるだろう」
ソファに手をかけながら、テーブルを間にはさんで正面に座る彼に声をかけた。
「……」
彼は無言でそれを聞いた。
グラスのなかの酒を揺らしながら、別段気にする風もなく、男は話を続ける。
「無論、お前にも数個分けてやる。それが契約だからな。すでに予約が付いているもの以外から、好きなものを選べ。お前にはその権利がある」
「……あの青髪は」
「あれか。まあ、残念なことにいまだ所在不明だ。手塩をかけて育ててやったというのに、製造者泣かせめ」
「じきに港だ」
「わかっている。あいつは今回のリストからは削除だ。なに、あの上玉なら、少し出荷が遅れたところで値に動きはないだろう。それに捜索に当てる人間も増やした。もしかするとまだ間に合うかもしれない」
そう言って男が、今度はもう片方の側へ首を向けた。
ちょうど真正面に座るこの寡黙な彼を対にして、世界は明と暗に分かれていた。
窓から覗くのは大海原と、眩く光る都市の明かりだ。
どこまでも広がる夜の海原と、それをものともせず賑わう活気溢れる都市の灯。
海上に浮かぶ都市と呼べるここには、その成り立ちから人間性の荒い者が多く住む。
彼らは無限に続く流浪の旅を、この闇をも侵食するような魔光石の灯と共に進んでいる。
だからこそ、男の商売にとってここはうってつけだった。
人は闇を恐れる。そして、だからこそ光を求めるのだ。際限のない、膨大な量の光を。
そして、光が強ければ強いほど、陰となる闇も深くなる。
この部屋にはまさにその両方があった。
夜の闇を物ともしない人の輝きと、その輝きが産んだ暗闇が。
男は、そのどちらも自由に行使していた。
それこそがこの仕事の醍醐味だということを知っていたし、その楽しみ方も熟知していた。
目線を再度正面へ戻したあと、無造作に手を伸ばした。
テーブルに置かれたボトルを取り、空になったグラスに再び酒を注いだ。
ほどよい柑橘の香りと共に強いアルコールの刺激が鼻を通り、出荷前の祝い気分を大いに盛り上げた。
そして男はそれを一口で飲み干したあと、事も無げに訊いた。
「世間じゃあ『召喚者』って奴らがもてはやされているようだが、お前は興味ないのか? 好きだろう、腕っ節の強い奴らは。なんでも不老不死らしいぞ、羨ましいことだ」
「死なないというだけだ。強いわけではなかった」
「ほう、もうちょっかいを出してたか。見た目によらず手の早い奴だ。ちょうど今日、ひとりの召喚者の乗船願いが受理された。そいつはあまり大したことはなさそうだが……そいつの仲間が、おそらくお前好みだ。一体誰だと思う?」
用意していた贈り物を勿体ぶって焦らすような口調で、男は問いた。
「なんと、あの一年前に滅んだエルフの国の生き残りだ。しかも国直属の騎士団の、副団長を務めた女らしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます