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 痛覚をALAの世界で呼び覚ます『トリガー』を使用していたレオナスが、果たしてこちらの世界でどうなっているのか。

 ……それは想像に難くないことだった。


 毎日、ALAのプレイ中に不審死した人間がニュースになっていないか確認したけど、そんな記事は一件たりともなかった。

 それが本当に起きていない出来事なのか、それとも長時間プレイする性質上、あちらの世界に行っているときに偶然、不慮の事故で死ぬケースはよくあることで、特別ニュースにならないだけなのか。


 どちらとも判断がつかない俺は、実感の湧かない罪悪感と常に同居しながら生きていた。


「リズレッド……今頃なにやってるかな」


 再びベッドに身を落として、ぼんやりと天井を見つめながら呟いた。

 彼女のことを思い浮かべると、次第に心が緩和されていくのがわかった。


 自分のやったことに後悔はない。

 後から悔やむくらいなら、行動しなければいけないときだったと、いまでもはっきりと思う。


 ――けれど、前からやってくる悪夢をどうすればいいのか。


 それが今の俺には、全くわからなかった。


 ただひとつ、遥か遠くにいる彼女を思うことだけが、心を落ち着かせてくれた。

 次第に気分が静まり、再び混濁しはじめた意識を宙へ溶かすようにして、俺は再び眠りについた。



  ◇



 明るい場所と暗い場所、彼は両方を目にした。


 首を片側へ向け、明かりの乏しい部屋の片隅を見た。

 そこにはこの暗がりこそが自分の居場所だと言わんかのように、厳重に梱包された商品がひとつ置かれていた。

 出荷前に行う品質の最終確認も彼の仕事で、それと同時に趣味のひとつでもあった。


 今年の商品も、格別に出来がいい。


 男はそれが自分にもたらしてくれる祝福を想像して、満足げに酒をあおった。


 暗がりの商品が、怒りとも恐怖ともつかない様子で震えていた。

 特製の檻と、行動束縛の呪文を幾重にもほどこして梱包された、忌の存在。


 満足に動くことはおろか、声すら出せない様子に男はくつくつと笑いを堪えた。

 商品はそうでなくてはいけない、と言うように。

 まるで農家が立派に育った収穫物を眺めて、達成感と満足感で満ちた清々しさを感じていた。


「今年も良い出来栄えだ。そろそろ都市が港に着く。甘い果実を求めて、世界から『顧客』が集まるだろう」


 ソファに手をかけながら、テーブルを間にはさんで正面に座る彼に声をかけた。


「……」


 彼は無言でそれを聞いた。

 グラスのなかの酒を揺らしながら、別段気にする風もなく、男は話を続ける。


「無論、お前にも数個分けてやる。それが契約だからな。すでに予約が付いているもの以外から、好きなものを選べ。お前にはその権利がある」

「……あの青髪は」

「あれか。まあ、残念なことにいまだ所在不明だ。手塩をかけて育ててやったというのに、製造者泣かせめ」

「じきに港だ」

「わかっている。あいつは今回のリストからは削除だ。なに、あの上玉なら、少し出荷が遅れたところで値に動きはないだろう。それに捜索に当てる人間も増やした。もしかするとまだ間に合うかもしれない」


 そう言って男が、今度はもう片方の側へ首を向けた。

 ちょうど真正面に座るこの寡黙な彼を対にして、世界は明と暗に分かれていた。


 窓から覗くのは大海原と、眩く光る都市の明かりだ。

 どこまでも広がる夜の海原と、それをものともせず賑わう活気溢れる都市の灯。


 海上に浮かぶ都市と呼べるここには、その成り立ちから人間性の荒い者が多く住む。

 彼らは無限に続く流浪の旅を、この闇をも侵食するような魔光石の灯と共に進んでいる。

 だからこそ、男の商売にとってここはうってつけだった。


 人は闇を恐れる。そして、だからこそ光を求めるのだ。際限のない、膨大な量の光を。

 そして、光が強ければ強いほど、陰となる闇も深くなる。


 この部屋にはまさにその両方があった。

 夜の闇を物ともしない人の輝きと、その輝きが産んだ暗闇が。


 男は、そのどちらも自由に行使していた。

 それこそがこの仕事の醍醐味だということを知っていたし、その楽しみ方も熟知していた。


 目線を再度正面へ戻したあと、無造作に手を伸ばした。

 テーブルに置かれたボトルを取り、空になったグラスに再び酒を注いだ。

 ほどよい柑橘の香りと共に強いアルコールの刺激が鼻を通り、出荷前の祝い気分を大いに盛り上げた。


 そして男はそれを一口で飲み干したあと、事も無げに訊いた。


「世間じゃあ『召喚者』って奴らがもてはやされているようだが、お前は興味ないのか? 好きだろう、腕っ節の強い奴らは。なんでも不老不死らしいぞ、羨ましいことだ」

「死なないというだけだ。強いわけではなかった」

「ほう、もうちょっかいを出してたか。見た目によらず手の早い奴だ。ちょうど今日、ひとりの召喚者の乗船願いが受理された。そいつはあまり大したことはなさそうだが……そいつの仲間が、おそらくお前好みだ。一体誰だと思う?」


 用意していた贈り物を勿体ぶって焦らすような口調で、男は問いた。


「なんと、あの一年前に滅んだエルフの国の生き残りだ。しかも国直属の騎士団の、副団長を務めた女らしい」

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