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「私からも礼を言わせてくれ。あなたがいなければ、私たちはここまで辿り着くことはできなかった。勇者の儀式を果たせたなかったのだけは、残念だが……」
『神に敷かれたレールを走るだけが、勇者じゃあるまい』
「え?」
『勇者は絶対の存在で、仲間はいれども並び立つ者などおらず、唯一の光として、希望の象徴でなくてはいけない。……そんな、老人の我輩から見てもおとぎ話のような勇者像は、小娘のお前には似合わん』
「手厳しいな」
『……だから、お前だけの勇者の路を探せば良いのだ。神があつらえた儀式などに頼らず、絶対の存在にもならず、それでも希望の象徴たりえんとする、お前だけの生き方を。幸い、良い伴侶ももう見つけているようだしな』
「……私に、できるだろうか」
『さあな。だが進み続ければ、いつかはわかるだろう。少なとくとも……』
白爺はそこで言葉を切って、俺とリズレッドを交互に見た。
肩を並べて立つ俺たちを、彼の大きな双眸が映していた。
そして、再び口を開いた。
『少なくとも、我輩たちとは違う景色を、お前たちは世界に見せるだろう』
白爺の顔が、いままでで一番優しい顔になった。
年配の老人が、子供に向けるような笑みだった。
そしてそれが最後に交わした会話となった。
白爺の体がついに全て霧散し、宙へと放たれた。
光の粒子が上空へと舞い上がり、暖かな光とともに、静かに消えていった。
俺たちは少しだけその場に留まり、彼の還った宙を見つめたあと、帰路についた。
◇
「これで古代図書館のマッピングも、ほぼ完了か」
フランキスカが視線を左右に振りながら告げる。
俺たちは彼の横に立ち、よくもまあここまで、と、我がことながら感嘆の念を沸き上げていた。
中央領の要塞のなかで、この大会議室にいるのはフランキスカと俺、リズレッド、アミュレの四人だけだ。
この三ヶ月に及ぶ古代図書館の地図化という大仕事のなかで、領主との対談を護衛抜きで行える程度には、ウィスフェンド人からの信頼を得ていた。
まあ本当に、大変だったからな、色々と。
大会議室に置かれた重厚な木製テーブルの上には、余すことなく羊皮紙が敷き詰められていた。
五十人はそこで書類を並べて議論を交わすことができようかという大きさの机だというのに、集めたそれらを余すことなく並べたら、天板はすっかり埋もれてしまっていた。
「すべての技巧や構造を網羅するのに、まさか半年もかからんとは……全く、お前たちの僧侶の優秀さには呆れる」
「ありがとうございます。ただ本人は、二度と同じ目には会いたくないと言ってますけどね」
ちらりと横を見ると、アミュレは疲れ果ててやつれた顔をしながらも、誠意杯の苦笑いを浮かべていた。
なにせこの三ヶ月間、最大の功労賞は彼女にある。俺とリズレッドと鏡花は基本ただの戦闘要員だからな。複雑に構造を変える古代図書館の技巧を解き明かして、さらには万人に理解できるように記録するなんて所業は逆立ちしてもできるものじゃない。
だからまあ、彼女には本当に大変な思いをさせてしまったと思う。本当にごめんアミュレ。でも三層を進んでると思ったらいつの間にか一層に戻るギミックなんて仕込んでる古代図書館も悪いと思うんだ。
「調査隊もこれでようやく動き出すことができる。めぼしい書物はすべて回収する予定だが、目当てのものは見つかったのか?」
フランキスカが片眉を上げながら問いかけてきた。
『目当てのもの』とは、言うまでもなくエデンへ続くヒントのことだ。
俺は肩をすくめながら応えた。
「いえ、それが全然。歴史的に重要な書物は山のようにあるみたいだったんですけど、エデンについては特に」
「知識が武器であり門外不出のものだった時代とはいえ、そもそもおとぎ話のなかにしか存在しないはずの場所。さすがに古代ドルイド人でも専門外だったということだろう」
リズレッドが隣で言葉を付け加えながら言った。
儀式の書のことは、もちろんフランキスカには報告済みだ。
真っ赤に染まった本はもう祭具としての機能はないが、もしものときのために彼が最重要品として保管している。
……というわけで、俺たちは依頼をこなし、一定の信頼と報酬を受けた以外に、特にこれといった成果もないという終わりを迎えたのだった。
真奈のやつにも前回協力してもらった礼ができると思ったんだけど、そう上手くはいかないらしい。
「ふむ……なるほどな。我々としては大きく得るものがあったが、お前たちにとっては片手落ちの結果となってしまったか」
彼にしては珍しく気を使い、顎を手で撫でながら難しい表情を作る。
「いえ」
だけど、全くなにも得なかったというわけではない。
フランキスカの悄然とした声を打ち消すように応えた。
「新しい方針が決まったんです。まずは、そこを目指そうかと」
「ほう?」
興味深そうに向けられた瞳を、俺たち三人は同様に受け止めた。
そうだ、これはこの三ヶ月間で、全員の意思を擦り合わせて決めたことだ。
この旅がいままでの旅とは違うものになるというのは覚悟していた。
けれどどうしても、そこを見ずにはいられなかった。
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