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その途端、血の気が引いた。
レオナスが楽しげに語った。
「知ってるかラビ。痛覚がない状態で女を襲っても、なにも楽しくねえんだ。なんたって刺激が遮断されちまうからな。ただキーキー泣き叫ぶか黙って震える相手を、無感情で押し倒すだけの作業みたいなもんだった。――けどよ、今は違う。いまのオレには痛覚が宿ってる。オレはここにいる。その状態であそこで寝てる奴を襲ったら、どんな感情が得られるんだろうな?」
視線の先、値踏みするような瞳に射抜かれているのは、
「――ろ」
昏睡して床に伏せる、リズレッドの姿で、
「――めろ」
冷えた血の代わりに、心臓が爆発するように熱を発するのを感じた。
「――やめろおおおぉおぉぉおおおおおおッツ!!」
叫喚して突進した。
さっきまで全身を支配していた恐怖を、怒りが塗りつぶして無我夢中で俺を前へと突き動かした。
あいつだけは許せない。
あいつ、リズレッドをあんな目で見やがった。
あれは確信の目だった。
煽りでも偽証でもない。
俺が抵抗しなければ、もしくは負ければ、実際に行動に移す。
それを直感させるのに奴のこれまでの行動は十分すぎて、その瞳は醜悪だった。
轟々と焔える火炎が刀身のなかで暴れ狂っているのがわかった。
光刃をまだ凝縮させておらず、通常形態のままだというのに、ふとした拍子に暴発してしまうような危うさを感じた。
けれどそんなことはいま、考えることではなかった。
ここで俺が負ければ、全てを奪われる。その思いがあらゆる心の警告をはねのけて、眼前の敵へと迫る気迫となって体を驀進させた。
「やっとその気になったかラビ」
レオナスがにやりと笑うと、腰に差した剣を引き抜いた。
見るからに
先に射程範囲に入り、攻撃をしかけたのは俺だった。
刀身が長い分、リーチの差はこちらに分がある。レオナスはそれを器用に避けた。体全体を捻り、ステップを踏んで回避すると、そのままこちらへと距離を詰めてカウンターを浴びせてきた。
光刃を振り抜いた頂点からのカウンターは、迎撃の手段を極端に狭めていた。腕が伸びきり、体のバネも使い切った状態では弾くことも回避することも叶わない。
「くっ……!」
なんとか持ち手を捻り、柄の先端で奴の剣を受けた。
鈍い衝撃と、なにかが割れる音が響いた。魔力の炎で保護された刀身部分と違い、塚は剥き身のブラッディスタッフそのままで、レオナスの剣の切れ味に耐えられなかった杖が折れた枝のように破壊されたのだ。
「英雄様が持つにしては、随分シケた武器じゃねえか!」
「……ッ」
間髪入れずに次の攻撃に移ろうとするレオナスを見て、咄嗟に光刃を解除した。暗い古代図書館の最奥部を照らしていた光が消え、瞬きする間ほどの一瞬、闇がすべてを覆った。
光源を失い、低い唸りとともに戸惑いが相手に生まれる。そこを見逃さず、手のひらを大きく開くと、レオナスの腹部へと押し付けてそのまま
「――!!」
虚を突かれたレオナスが反動で後方へと吹っ飛ぶ。
ゼロ距離からの魔法攻撃をもろに食らったんだ。それくらいの威力はあってくれないと困る。
だが奴は、空中で体勢を整えると綺麗に着地して炎の反動を殺した。
顔には怒りが浮かんでいたが、これといったダメージを負ったようには見えなかった。
「……その能力も気に入らねえ。魔法を待機時間なしで発動? ハッ、どれだけ優遇されりゃ気がすむんだよ」
「そういうお前だって、大して効いてないじゃないか」
「当たり前ェだ。なんのために危険な儀式まで受けたと思ってやがる。これくらいの攻撃でガタついてるようじゃ、リスクに釣り合わねえんだよ」
あいつのいまのレベルは33。つまり俺と全く同じだ。
同条件なら、普通はダメージが通るはずだ。しかもこっちの職業は魔法火力型。剣士であるあいつに至近距離から直接攻撃を浴びせれば、大ダメージになってもおかしくない。
信じたくないけど、やっぱりあいつにも『トリガー』の力が備わってしまったらしい。
レベルを一時的に上げることで能力値を等倍するのではなく、能力値自体がそのレベルに見合わないほど跳ね上がっているんだ。
しかも俺とは違い常時発動型で、意識の侵食が起きている様子もない。
……考えれば考えるほど、絶望的な状況だ。
絶対に負けられない戦いだっていうのに、勝ち筋がなにも見えないだなんて。
しかしそのとき、ふいに背中を押される感覚がした。
暖かななにかを背後に受け、それが全身を包む。
「ラビさん、後方支援は任せてください! MPは少ないですが、まだ残弾はあります!」
そう呼びかけてくれたのはアミュレだった。
彼女のヒールの光が、連戦で受けた傷を癒していった。そしてそれ以上に、窮地によって追い込まれていた心を救ってくれた。
「……気圧されてる場合じゃないな」
再び杖を握って焔の剣を発動する。
通常形態ではなく、さらに研ぎ澄ませた第二形態『極光刃』を。
勝ち筋がないだなんて、いつ決まった。思考を止めればそれまでだ。どんなに遠きにある勝機だろうと、仲間の誰もが諦めていない状況で、俺だけ膝をつきかけていたなんて笑い草だ。
あいつは――
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