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「……ッ。レオナス……お前……ッ」

「『なんとも思わないのか』か? ――ラビ、これはオレたちの世界では当たり前のことだぜ。強い奴が弱い奴を食い物にしてのし上がる。オッサンはそれに負けたってだけの話だ」

「あいつは、お前のことを仲間だと思ってた。どういう経緯で、どういう思惑でそう思ったのかは俺にはわからない。でもお前のことを信じてここまで連れてきたんじゃないのか」


 それを聞いて、奴は目を丸くした。

 そして少しだけ間断を置くと、口元に手をやって何事か考えるように黙り込む。


 あいつはやっぱり、この世界をまだ半分ゲームの世界だと思っている。だからあんなに簡単に殺すことができたんだ。元々俺たちと同じ存在だった、あの男を。

 レオナスが体を震わせた。今さら自覚した罪の重さに震えているのかと思った。だけど、


「――ック、クハハッ! ハハ――ハハハハハハハハハッ!」


 湧き上がったのが後悔ではなく笑い声だった。

 調子の外れた、どこかタガが狂ったような声で奴は笑い続けた。


「な、なにがおかしい!?」

「いやいや――本当に、英雄サマってのはご立派なもんだと思ってな。クク……なんでもかんでも、自分の物差しで判断しやがる。……いいか、あのオッサンがオレを助けたのは、オレを食い物にするためだ。そんなことはあいつと手を組むときからわかってた。こういう生き方をしてきた奴は、同じような意思で近づいてきた奴に敏感なんだ。間違ってもお前が考えてるみたいな慈善からじゃえェし、もし途中から心変わりしたんだとしても、そいつはただの弱さで、オッサンの落ち度だ」


 目の前の相手がなにを言っているのか、咄嗟に理解できなかった。

 あいつは、これは当然の成り行きだと言っていた。戦う意思を失い、プライドもなにもかもボロボロになった相手を文字通り食らうことが。


「……お前はもう、人間じゃない」


 気づけば再び杖を握り、焔の刀剣を発動させていた。

 こいつはここで倒さないと駄目だ。神はなんでこいつに英雄の力を与えたのかわからない。

 だけど心の内で、俺はレオナスに感謝していた。


 リズレッドが、こんな力を与えられなくて良かった。

 

 心からそう思った。

 もしかしたら彼女が儀式を受けていたなら、もっと違った形で奇跡は授けられていたのかもしれない。

 だけど本質は――相手の命を吸い取って自分の力にするというその核は、きっと変わらなかったんじゃないか。


 彼女と旅をして一年と少し。まだまだ相手を理解しているとは言えない間柄だけど、それでもわかっていることがひとつだけある。

 リズレッドは、時折なにかに急き立てられるように剣を振るうときがある。


 普段の彼女は冷静で、そして優しい。

 だけど接戦の瞬間や、重大な決断が迫られるとき、冬の月のような冷たく鋭い一面が現れる。

 それが元々備わっているリズレッドの心の一面という風には、俺には思えなかった。

 そう決断して行動しているときの彼女は、いつもどこか辛そうだったから。


 だからこんな、相手から無尽蔵に力を吸い取るようなスキルを与えられてしまったなら――彼女はきっと、壊れてしまう。

 土壇場で保っている大事ななにかが、『神の力』という耳触りの良い言葉で呆気なく崩壊してしまう――そんな気がしてならなかった。


「レオナス、その力を捨てろ。きっとまだ間に合う。まだきっと――」

「『引き返せる』か? おいおい、そりゃねェだろ。お前だって同じ力を持ってるじゃねえか。お前だってあっちの世界の自分を食らったんだろ」

「俺はそんなことはしていない」

「嘘をつくなよ。じゃあどうやってこれを制御したって言うんだ?」

「……制御なんて、できていない。俺はただリズレッドに助けられて、なんとか制御したをしているだけだ」

「……? なに言ってるかわからねえが、どの道お前の要求なんて聞く気はねえよ。そもそもスキルの消去なんてできる訳ないしな。この世界はゲームじゃないんだ、能力の振り直しはできねェのさ。そこんところ、ちゃんとわかってんのか?」

「……っ」

「けどまあ、ここまで来てまだそんなこと言えるとはお前のお人好しも筋金入りだな。……でも、だからこそ、」


 レオナスは言葉を切って、自分の手のひらを見つめた。

 手に入れた力の大きさを噛み締めて実感するように、開いては閉じを繰り返したあと……再びこっちに視線を投げた。


 ぞく、と背筋が凍った。

 その目には、明らかな敵意が宿っていた。


「――だからこそ、気に入らねえ。お人好しってのは野心のある奴の成長素材でしかねえんだよ。なのにお前はこんな力をホイホイ手に入れやがった。挙げ句の果てにエルフの国の騎士と仲良くなってザ・ワンとか祭り上げられやがって。お前は本来なら、もっと下にいるべき人間なんだよ、ラビ」


 昏い感情が、直接心に攻撃を加えてきたかのようだった。

 俺は自分のことをお人好しだなんて思ったことはない。境遇に特別恵まれているとも思えなかった。ただ、ここまで人間を使い捨ての道具のように認識する相手に会うのは初めてだった。


 人間じゃない。

 思わず口走ったさっきの言葉が、俺の未熟さを露呈した証拠のような気がして唇を噛む。

 いままでの人生で、気の合わない奴や、人間性を疑うような奴は沢山見てきた。人のものを盗んだり、傷つけたりすることに自分の居場所を感じているような奴らだった。


 だけど目の前にいる何者かは、居場所を求めているようではなかった。

 むしろ自分をひとつの場所に定住させることを嫌い、移り住み続けるために誰かを殺す――そういう風だった。


 完全に気圧されたようになっている俺に溜め息をひとつ付くと、レオナスの視線が横へ流れた。

 俺ではなに何かに焦点を合わせて、そしてにやりと笑うのがわかった。

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