118
「すげェもんだな。こっちの世界に痛みをフィードバックさせるってのは。さっきまで見てた世界とは、まるで別世界だ」
「お前……やっぱり」
「こんなイイもんを独り占めは駄目だぜ、なァ英雄さんよ」
「さっきからなにを言ってるのかわからないけど、俺は英雄なんかじゃない。俺はただの召喚者だ」
「おいおい、それはないぜ。お前と同じ場所に立つためにこんなことまでしたってのに。追いかけきた身にもなって欲しいもんだ」
「……」
「だがまあ、たしかにこの力はそこら辺の召喚者の手には余るだろうなァ。ステータスが跳ね上がる代わりに、感情のコントロールも効かなくなるなんて、大抵の奴が持て余すぜ」
そうだ。『トリガー』はひとりでは使いこなすことのできない技だ。
俺はリズレッドがいてくれたから、辛うじてあのとき正気を失わずに済んだ。
じゃあこいつは、なんで正気を保っていられるんだ?
それとも正気に見えるだけで、とっくの間に狂っているのか。
様々な疑念が頭に浮かんでは消えた。
そんな様子を楽しげに眺めていたレオナスが、人差し指を上へ突き立てた。
教師が問題の正解を告げるときに生徒の注意を引く動作のように。
「オレひとりじゃとても制御なんてできなかった。だから
その言葉の意味するところ……それがもし、俺の予想通りだとしたら。
「お前……お前は……まさか……」
――いやだ。その先を言うな。
「ああ、そうだ」
レオナスは人指し指をおもむろに下ろすと、それを自分の腹に指して、言った。
「獅堂京也はいま、オレとひとつになってる。まあ元々ひとつだったんだけどな。ただ獅堂京也のなかにオレがいるか、オレのなかに獅堂京也がいるかの違いだけだ」
舌なめずりをした奴の舌が、真っ赤ななにかの液体で濡れているのを見て、胃がひっくり返るような悪寒が走った。
「……ッ!」
「あの儀式っつーのはな、あっちの世界とこっちの世界の自分。どっちが主体かの意識を切り替えるためのトリガーなんだよ。そしてオレが手に入れた、新たな力でもある」
大仰な手振りで腕を左右に大きく広げながら、レオナスは淡々とそう語った。
俺は目の前の男が、いままで出会ってきたどの魔物よりも化物に見えた。
「さァ待たせたなオッサン、いま楽にしてやるよ。死にはしねえって言ったろ? オレが手に入れた力――『腐肉食い』で、あんたもオレとひとつになろうぜ」
『ヒッ……』
ミノタウロスが短く悲鳴を上げた。
腕をばたつかせてなんとかその場から逃れようとするが、ほぼ寸断された下半身が重りとなり、死に際の虫のように地ではいずるだけだった。
『いやだ! 死にたくない、助けてくれ! 儂はお前を助けたじゃないか! 今度はお前が儂を助けてくれ! 頼む、同じ同士で――仲間ではないか……!』
「ハッハハ! 食うわ食われるかの世界で生きてるんだ。こうなることだって、想定の内だろ」
もはや見境いもなくミノタウロスは涙を流して懇願していた。
やめろレオナス。
心のなかで叫んだ。そいつは、人を食い物して生きてきたかもしれないけど、自分が食い物になるなんて考えもしなかった人間だ。
自分の都合の良い材料だけで作り上げた、ハリボテの城で現実から目を背け続けてきた虚しい王だ。
もういいだろう。そいつにはもうなにもすることなんてできない。
この暗い地下の世界で、いつ尽きるかもわからない余生を過ごす。それで罪を償うには、十分だ。
「やめろ……レオ――」
だが俺が言い終わる前に、彼の剣が無慈悲に振るわれた。
『ゴゲ、ッ』
奇妙な呻きが響き、それが奴の最後の言葉となった。
上から下への、垂直の刺突。
その先にあったのは、かつて王だった牛頭人体の男の首。
ゴリ、という鈍い音が響いた。剣が表面の皮や内の肉だけでなく、骨すら砕く音だった。
「仲間の想いを受け継いで心をひとつにする――ハハッ、確かにこれは、勇者の力だな」
レオナスが楽しげにそう告げるのと、ミノタウロスのがむしゃらに持ち上げていた手が、力なく床へ落ちるのは同時だった。
次の瞬間、王の体が真っ白に変色した。あの鎧のようだった筋肉も、並の剣戟なら弾き返したであろう強靭な体毛も、すべてが瞬きすら許さぬほどの速さで灰色へと変わった。
命が抜き取られたあとに残る、抜け殻の灰だ。
奴だった物体が、ぼろぼろと崩れて粉塵が舞った。
死ねば神の元に還る。それが掟であるはずのこの世界で、とどめを刺されたミノタウロスは、どこに逝く事もなく全身を虚無へと変質させていた。
やがて迷宮の王だったもの全てが粉塵のような煙になると、レオナスが、ひゅ、と息を吸った。
それが合図となり、煙が奴の口に吸い込まれていく。
「ま、レベル上げの効率を上げるスキルみたいなもんだ」
唖然として立ち尽くす俺に、煙をすっかり吸い込み切ったレオナスが言った。
「お前だって魔物を殺して経験値や金、ドロップアイテムを入手するだろ? これはその経験値特化版だ。金もドロップアイテムも手に入らねえが、そのかわり通常の何倍もの経験値を得られる。俺のレベルはいま30から33に上がった。このレベル帯で一気に3つも上がるなんて、シケたオッサンが素材にしては良い線いってるだろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます