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笑みが溢れた。足に繋がれていた鎖を断ち切り、体が軽くなったようだった。
そのおかげか、疾風迅雷を使ってもいないというのに、まるで矢のような速度で駆けることができた。視界がまたたく間に後ろへ置き去りになり、耳には風切り音しか入らなくなった。時間は残り二分を切っていたが、その切迫感がより胸を高鳴らせた。
「燃え尽きろ」
ファイアを詠唱し、数発の威嚇射撃を行なった。威嚇のつもりで放った火球の一発がロックイーターの肩をかすり、通過した軌道の形そのままに、奴の肉をえぐった。
『グオォォォオオオ!?』
ロックイーターが吠えた。ただのファイアだと思った魔法が、自慢の表皮を灼き貫いたのだ。その動揺は大きいだろう。ただの威嚇のつもりだったのだが、どうやら魔法の力も比べ物にならないほどアップしているらしい。
「この隙を突いて……ッ」
右に大きく曲がり、側面から攻撃を仕掛ける。右肩を負傷した竜亜人は迎撃が間に合わない。振り抜いた杖が前腕に直撃し、鈍い音とともに、鮮血が噴き出した。
『ギャァァァアアアアアアアアッッ!!!?』
メキメキという骨を砕く音が奴の体から鳴り、ブラッディスタッフに付与された《出血・中》により、飛び出た血が俺に振りかかった。不快な粘着質の血だった。それを舌で舐め取ると、たまらない支配感が湧いた。
いける。この力があれば、奴を圧倒することができる。奴を殺すことができる。
『グヌ……舐めるな人間がァ!!!!』
だがロックイーターはなおも反撃に転じてきた。生命としての危機の前に、本能が最大駆動で体を動かしているようだった。
奴は残された左腕を振りかぶり、拳を繰り出した。宙に浮かび身動きの取れない俺は、両腕を前に出してガードの姿勢を取り、その攻撃を受けた。
派手な衝撃音が響いたが、防御したおかげでそれほどのダメージを負うことはなかった。HPバーは残り少ないが、それはほぼ全てレオナスから受けたものだった。
こんなものか。
視界が黒く濁った。
漠然とした思いが心に現れた。ガードした両腕が軽度の痺れとして痛みを脳に伝えたが、もう恐怖はなかった。それどころか、歓喜に似た感情さえ湧いた。先ほどまで絶望の対象として立ちはだかった存在が、いまは必死に自分を払いのけようと、死に物狂いで対抗してきている。その事実が、どうしようもないほどの超越感を俺に与えていた。
「どうしたロックイーター、お前の力はそんなものか」
だがそれでも俺は、油断もしなければ容赦もしない。
こいつは仲間を痛ぶった。大切なリズレッドを血に染めた。その代償は払ってもらう。
着地した俺は再び奴へと襲いかかると、次は疾風迅雷を発動させて迫った。リズレッドを超える、まばたきする間すらない疾さで間合いを詰めると、次はくるぶしをしたたかに杖で殴打した。
『ギヒ』という間の抜けた声を発してロックイーターが倒れ込み、巨体が傾いて倒れた。
動きが停止したのを見計らって、ファイアを詠唱した。放射された火炎に晒され、白濁の体がどろりと溶けた。いまの俺は謎の声を聞く前の俺と比べて三倍の力を発揮している。ファイアも、上位魔法に該当するハイファイアと同等か、それ以上の威力を持っているはずだ。グレーターファイアほどではないが、それでも十分だった。脱皮直後のやつの皮はいまだ柔く、リズレッドの業火を防いだ唯一の盾は、黒炭となり朽ち果てていた。
こんなものだ。こんな程度なのだ。
視界はすでに真っ黒だった。なぜ敵を視認できているかもわからない。だがはっきりとわかる。この力が俺に、絶望を払いのける力を与えてくれているのだと。
雑魚が。雑魚が雑魚が雑魚が。
頭の中で何度もその言葉が繰り返された。リズレッドでさえどうしようもなかった敵を、俺は『罪滅ボシ』というジョーカーを切らずして圧倒していた。その事実が例えようもないほど快感だった。地に伏して炎症に苦しむロックイーターを、渾身の力を使って杖で何度も殴った。そのたびに血が噴き出し、俺の体を赤く染めた。
「は――はは――ッ!」
これだったのか、と思った。レオナスの言っていた、生き物を蹂躙する歓び。好き勝手に他者の運命を決めることができる超越感。
それがいま、俺の胸にすとんと下りた気がした。確かにこれは癖になりそうだ。だが俺はそんな感情で動いている訳ではない。弱者を痛ぶるためにこの力を使う気はない。
逆だ。強者を討ち亡ぼすために、俺はこの力を使う。間違っても弱い少女を自己満足のために嬲ったりはしないし、同じく弱いネイティブを殺して優越感に浸るつもりはない。
「――俺は、憎悪に打ち勝ったぞ」
謎の声の警告は杞憂で終わった。俺は自我を保ったまま、この支配する力を行使できていた。
彼我の力量差の前に、ロックイーターは為す術なく攻撃を受け続けた。だが、まだ息はあった。あえて頭部や呼吸器系を損傷しないように殴ったのだ。ウィスフェンドの人たちが受けた苦しみを、少しでもこいつに返してやる必要があったからだ。
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