26

「……どうして、人の生き方をそんなに簡単に侮辱できるんだ」

「うん?」

「お前はなんなんだ、何様なんだ。 アミュレがいままで、どんな思いで生きてきたか知ってるのか。どんなに頑張ってきたか知ってるのか。その全ては笑って否定することが、どれだけ彼女を傷つけるかわかっているのか」


 生き方の否定。

 その言葉を言い放ったとき、己の罪が鋭い爪を立てて心を引っ掻いた。


 ひとりの男の人生を終わらせた人間が、どの口でそんな説教を垂れるのか。


「ラビさん……っ」


 だがそのとき、アミュレの絞り出すような声が響いた。

 ……そうだ。いまは自分の罪に押しつぶされる場面じゃない。いつかその贖罪が待っていようとも、いまはただ、眼前の敵を倒すことに集中するときだ。


「お前こそ何様だ。その子と最初に遊んでたのは僕だ。あとからしゃしゃり出てきて、偉そうな口を効くな!」


 敵の咆哮と共に、影から無数の攻撃が降り注いだ。

 ほぼ同時に近い速度だ。影から影へと。それが奴のスキルの特性に違いなかった。

 俺の動体視力ではこの速さは捉えきれない。頼みの綱のアミュレも、いつまで持つかわからない。

 だったら、


「――じゃあ、隠れてないで出てこい。『影』に隠れてないで」


 魔力を込めて、焔の大剣にさらに熱を注いだ。

 光刃がそれに呼応して、赤熱の光がさらに強さを増す。体力フィジカルには自身はないけど、魔力マジカルにはちょっとした覚えがある。

 潤沢な燃料を飲み干すように火の刃が輝きを層倍し、まるで巨大なサーチライトのようになり周囲を、夜の闇を、そして影を侵食した。


「ッ!」


 相手の体が一点に固定された。

 スキルの発動条件を満たせなくなり、本来の移動速度に戻った反動で、さっきまでと比べるとほぼ静止に近い速度に見えた。


 重心を前へ傾け、そのまま一気に間合いを詰める。

 奴との距離が近くにつれ、手にした光の刃がさらに奴を闇から引き離した。

 太陽が影をかき消すように奴の移動経路を断ち、貼り付けのようになったパイルへと刃を向ける。

 そして杖の質量しか持たない魔力の武器が、大きさとは不釣り合いなほどに鋭利な速度で、ひとりの殺人鬼へと放たれる。


「ぐ……ッ!」


 ナイフでの防御が不可能と咄嗟に判断したパイルが、胴体を逸らして回避行動を取る。

 攻撃が寸前のところで避けられた。だが、完全に外れたというわけではなかった。

 じゅう、という肉を灼き斬る音が響いた。光刃が奴の右腕――ナイフを持った利き腕にかすり、表皮ごと焦がし削った。


 ナイフが地面に乾いた音を立てて落ちた。

 パイルは歯をむき出しにしてこっちを睨み据えた。反撃が来ると思い咄嗟に防御姿勢を取ったが、実際にはそれとは真逆の行動を奴は選んだ。


「……あーあ、残念。その子ともっと遊びたかったのに、とんだ邪魔が入っちゃったなあ」


 後ろへと飛びすさりながら、信じられないような身のこなしで周囲の物を足場にして、一気に建物の上へと移動した。

 夜の暗い空を背景に、無味な石造りの家屋の上から、パイルがこっちを見下ろした。

 そして溜め息まじりの残念そうな声音で告げたあと、


「でもさ、いくらなんでも来るのが遅いとは思わない? 君たちの友達のエルフは、そんなに足が遅いのかな?」


 にやりと笑みを作って、そう言った。それを見たとき、全身に嫌なものが走った。


「……っ! お前、まさか自分を足止めに」


 どうして気づかなかったんだろう。俺がこいつと交戦を初めてから、もう随分と経つ。

 いや、それどころか本来なら、ここに来るまでに合流していなくちゃおかしいんだ。

 たとえ街の雰囲気に飲まれていたとはいえ――あの神速の騎士が、後塵を拝することなんてあり得ないのだから。


「別にどっちでも良かったんだ、僕と向こう、どっちが主役でどっちが囮でも。ただ作戦ってそういうものでしょ? どっちに転んでも、こっちが勝つように仕組むのがさ」

「……生憎だけど、あっちは俺みたいに甘くないぞ」

「知ってるよ、だからとっておきを用意したんだ。僕らカンパニー自慢の特注品さ。調整が大変で数は用意できないけど、その分性能は確かだ。しかもエルフにとっては、さらに特別かもね、あれは」


 その時、爆音が轟いた。

 パイルが高所から一点を見つめながら、楽しそうに語る。


「ほら、始まったよ」

「……っ!」

「行かなくていいのかい?」

「そうしたら、前と後ろで挟撃するつもりだろ」


 見え透いた罠だった。

 焦ってリズレッドと合流しようとすれば、パイルがそれを追ってくる。

 そうなれば、結果、いまリズレッドが戦っている謎の相手とこいつで板挟みにされる。


「へぇ」


 パイルが口笛を吹きながら、取り繕った賞賛の声を上げた。

 このとき俺は初めて、この男への殺意を感じた。アミュレが殺されそうになっていたときでさえ感じることのなかった、底のない闇の感情が噴き出しそうになった。


「そこから降りてこい。決着はつけてやる」

「君が登ってきなよ、鬼ごっこだ」

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