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 そう言い放った瞬間、筋骨逞しい巨人の腕が、さらにひとまわり大きく膨らむ。鋼鉄の外皮をまとった怪力が、焔の杖剣ごと俺を叩き殺そうと前へと繰り出す。まるで死を貪る悪鬼のごとき狂奔。どんな相手でもその灼炎で熔断してきた光刃が、ミシミシと音を立てて体ごと後ろへと押される。


 なにか、打つ手はないのか。

 必死にその糸口を探す。時間はもう残されてはいない。片腕を失った巨人も言葉とは裏腹に余裕はもう無く、だからこそ一気に勝負を決めるために『鋼鉄外皮メタルジャケット』を使用してまで、真っ向からの勝負を挑んできたのだ。

 『ストライクブレイク』の推進力に『光刃』の威力を足した攻撃を正面から防がれた以上、現状俺に残された攻撃手段はもうない。最大の速度をもって最大の攻撃を加えて、それで押されているというのなら、もはやどんな工夫を凝らしたところで、この鋼鉄外皮の巨人を倒す手立てはないだろう。


「く……ぐ、っ……!」


 気づけば杖剣だけではなく、俺自身の体もそこかしこで危険信号を発する。次第に、奴の猛攻に耐える足に力が入らなくなっていく。痛みがないから気づかないだけで、おそらくラビの体はいまそこかしこで悲鳴を上げるいるのだ。その証拠に、直接攻撃を受けたわけではないのに、HPのバーが急速に減少していく。


 これで、奴の『鋼鉄外皮メタルジャケット』の効果が切れるまで耐えるという選択は消えた。

 その前に確実にこちらの限界が来る。


『ふむ。さっきの小娘程度の力しかないと思えば……貴様、戦士職ではないな? そのスキルから見て本来なら後方で支援、砲火を役目とする職か。……ハハ、御笑いだ。そんな有様でこの巨躯に挑んできたとはな』


 相対する巨人が、心底侮蔑するように鼻で笑う。


『見たところ戦士の真似事を教えた師がいるな。後衛のお前に、お遊び程度のままごとを教えた者が。……どこのどいつか知らんが、とんだ無能者だ』

「……ッ」


 脳を焦げ付かせるほどの血が頭に昇るのを、寸前のところで耐える。

 それと同時に、半ば思考の袋小路に入っていた自分の愚かさにも気づき、笑う。

 それこそがリズレッドへの最大の裏切りだ。どうやっても価値の見えない算段を重ねるくらいなら、そんなものは端から投げ捨ててしまえばいい。


 つい先日、ウィスフェンドのテラスで告げられた言葉が頭を過ぎった。

 戦いにおける最も重要な点。それは、相手に勝つ光景を鮮明に心に描くこと。可能性を実現させる青写真。それこそが不可能を可能にするために必要となる、最大のピースなのだ。


「――ああ、そうだなアステリオス。後方で待機しているお前たちのためにも……ここで、負けるわけにはいかないよな」


 頭に描くのは、ただこの古の巨人に打ち勝つ己の姿のみ。

 そこに至るまでの過程なんてどうでもいい。どれだけ分厚い壁があろうと、ここまで来て退く足など持ってはいない。

 鋼鉄の外皮に焔の刃が通らぬというのなら、もっと熱く、猛き業火を焼べるだけだ――。


 その時、巨人の怪力によって加えられていた力が唐突に消えた。

 後退を寸前のところで防いでた骨と筋肉が、その一瞬だけ全てから解き放たれる。

 ――が、その光景を見た老トロールはにたりと口端を吊り上げた。まるで勝ちを確信したかのように。


『どうやら頼みの綱であった光剣も、もう時間切れのようだな』


 ――そう。さっきまで轟々と燃えるように杖から迸っていた炎の光剣が、奴の眼前から完全に消えたのだ。

『ファイア』と『灼炎剣』の複合スキル。それゆえ『光刃』は持続力がなく、一刀必殺の決着仕様。……そう、奴は捉えたらしい。だが、


「巨大な拳が、今回は仇になったな」


 冷静に、端的に。

 勝利を確信する白髭の巨人へと、俺は告げた。


 向こうの視線からは『光刃』の刀身は完全に消失したように見えるのだろうが、それは違う。燃える焔の切っ先は健在で、いまも俺の眼前でその苛烈なエネルギーを発し続けている。


 大剣のようだった先ほどまでの刀身が、奴を斃すという意思に呼応するかのように凝縮を始め、片手剣ほどの大きさへと姿を変えたのだ。

 必然、リーチが縮まった分、奴の拳を離れた一瞬だけこの身は自由となる。

 瞬きすら許されないほどの刹那。出遅れれば再び怪力の猛攻に晒されるだろう状況で、意識するよりも早く体が動いた。脳裏に描いた奴を屠るビジョンをトレースするかのように。迅速に、新たな剣をもって。


「『極光刃・焔』――これがお前を地につける、必殺の剣だ」


 右足をターンさせて体を旋回。空いたリーチを貪って猛然と迫る鋼鉄外皮メタルジャケット』付与の拳を紙一重で回避した俺は、構わずそのまま前へと突き進む。


『刃を縮小させて隙を作ったか……! だがこの鋼鉄の皮膚を傷つけられぬなら同じこと。防御が上がっているのは拳だけではないぞ小僧』

「それは、こっちの台詞だ」


 凝縮された炎光の刀身は威力が落ちたのではない。

 むしろ、その逆。大剣の大きさまで膨らませなければ維持できなかったエネルギーを、無理矢理に凝縮させて片手剣の尺に留めているいまの状態は、言うなれば熱爆発を起こす寸前に起こる縮退を、そのまま刀身の形に固定しているようなもの。

 少しでもエネルギーを抑え込む魔力を途切らせれば、俺ごと飲み込むだろう諸刃の剣だ。

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