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「鏡花さんっ!!」


 アミュレが悲鳴を上げた。

 たとえ何度でも蘇ることができる召喚者であろうと、その絶命の瞬間は見るに耐えない光景なことも多い。

 巨人の手で握りつぶされるところなど、その最たるものと言ってもいいだろう。しかも僧侶の彼女にとって、その状況は自分の身が切り裂かれるのにも等しい。


「……ッ……ぁ、っ……」


 鏡花がくぐもって声にならぬ喘ぎを上げる。

 痛覚はないものの、肺を圧迫されたことで逃げ場のなくなった空気がせり上がって喉を震わせることで、まるで激痛に耐えているかのような呻きにも聞こえて。


「――鏡花、ありがとう」


 俺はその惨劇を灼き斬るように、光刃を奴の左腕へと走らせた。


『グヌッ……!?』


 突如現れた俺の姿に、老トロールが一瞬おののき、手にしていた鏡花をどさりと地に落とす。


「『疾風迅雷』……鏡花ほどじゃないが、俺だって少しは疾さに自身がある」


 冷静に、沈着に。

 もうさっきのような失態を冒さないように、眼前の巨人の一挙手一投足を見逃さないように気を配りながら、俺は奴が見下す眼下のもとで告げた。


「ぉそ、い……ですわ……よ……」


 瓦礫の上に崩れ落ちた鏡花が、あくまでも強気な言葉で俺へ苦言を投げる。

 けれどその総身の、思わず目を覆いたくなるような惨状だった。

 切り傷ならばダメージエフェクトが発光するだけで済むが、圧力によるダメージではそうもいかない。

 眼前に横たわるのは、向こうの世界でも同じ現象が起こればそうなるのだろうということが容易に想像できるほど、手酷い重傷を負った鏡花の姿で。

 痛覚が通っていれば、気が触れていてもおかしくないだろう。


「ラビさん……!」


 さっきまで自分の膝の上で寝ていた俺が次の瞬間には老トロールと対峙している光景に、アミュレが驚きの声を上げる。

 ありがとうアミュレ。癒術のおかげで、HPは完全に回復した。潰れていた骨も修復されて、機動力も回復した。


「……ラビ、今度は大丈夫なんだな」


 後ろのリズレッドが、動揺するアミュレとは対照的に厳然とそう問う。

 だけどその声音のなかに、彼女なりの不安を押し隠す様子が孕んでいることに気づいたのは、多分ただ一人俺だけで。


「――ああ。古の巨人だろうと、こんなところでエデンへの道を諦めるわけにはいかない」


 ――それに、さっきリズレッドに言われた言葉のなかに、どうしても飲み下せないものがあったから。


 仲間の命の重みにも耐える心。

 それが俺にも備えられると、彼女は言った。だが、


 正対の姿勢のまま、もう一度ちらりと鏡花に視線を向ける。

 俺が回復するまでの間、ひとりで懸命に時間を稼ぎ、あまつさえ腕の一本を落として戦力を大きく削いでくれた仲間。

 痛みがないのが幸いだが、だからと言って悠長に構えていることもできない。

 おそらくあれだけのダメージを受けては、いそいで癒術をかけなければ命が危ない。


 ――仲間をこんな危険に晒すことに耐える心が身に付くくらいなら、俺はいまのままでいい。

 だがその代わり……絶対に、なにがあっても命までは奪わせない。

 ネイティブも、召喚者も。少なくとも俺に手を貸してくれた奴の命が目の前で消えるようなことは、絶対にさせない。


「――俺がみんなのリーダーに相応しいか、ここで決める」

『片手を取ったくらいで……我輩に勝てるとでも思うたか、小僧』


 床に落ちた大金槌は拾わず、残った左腕で握り拳を作る老トロール。

 戦力は大きく落ちたといっても、まだそこに漲る膂力は健在。武器がなくとも鋼に近い強度の骨を有する巨人だ。握る拳の威圧が、否応無く皮膚をひりつかせる。だけど、


「――『ストライクブレイク』」


 それで臆していては、後ろにいる皆を守ることなどできはしない。

 だったら逆に、前へ。兄弟子から授かった技をもって、ただ往くのみ。


『お前もスピード自慢か! 芸のないパーティだ!』


 老トロールはそう言って嗤い、拳を振って迎撃体制を取る。

 ――読まれていた。いや、鏡花の神速と相対していた奴は、この程度の速さなら事後に反応できるくらいに目が慣れていたのだ。

 ストライクブレイクは短距離を矢の如く跳んで敵を攻撃する特攻スキル。ゆえに直線運動にならざるを得ず、一度作った軌道をあとから変更することもできない。


「だったら、このまま拳ごと突き抜くだけだッ!」

『こざかしい。――『鋼鉄外皮メタルジャケット』』


 剣と拳、互いの穂先がぶつかり合う。

 光刃から伝わってくる巨人の力は凄まじく、さらに生物の皮膚とは思えないほどの鋼鉄のような強度が、メフィアスさえ貫いた灼熱の杖剣を防いだ。


「ぐ、く……っ!?」

『練度不足に経験不足。頼れるのは若さゆえの蛮勇のみ。先ほどの小娘のほうが、まだ手応えがあったわ』

「くそ、こいつ……何個スキルを持ってるんだ。魔物のくせに……!」

『言ってくれるな。お前だって似たようなものだろう、なあ召喚者?』

「ッ! お前、なんでそれを……!」

『……ドルイドの智識を、あまり舐めるなよ青二才が』

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