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 お互いの反抗が同時に響く。

 というか、心なしかリズレッドの声のほうが大きいのは気のせいだろうか。


「だいたい先ほどからラビに対して失礼だ! 彼はお前が思っているほど至らない男ではないぞ!」


 飛びかからんばかりの勢いで言い迫る彼女に、隣で座る俺のほうも気圧されてしまう。

 リズレッドからそう言ってもらえるのは嬉しいけど、ついさっき当人から諭されたばかりの身としては、いささか居心地が悪い。……いや、耐えろ俺。全部俺が悪い。


 唇を引き結びながら前にいる老トロールを見やると――そこには、


『フ……』


 何故か、とても楽しげに笑う大きな顔があった。


『『白剣の勇者』と召喚者がそこまで固い絆を結べるとはな……やはり、長生きして正解だった。それでこそ、勇者へ試練を渡すという、我輩達の役目にも張りが出るというもの』

「試練……だと?」

『うむ。……お前が先刻告げたように、魔物の――もっと詳しく言えば、魔物を統治するために生み出された上級種の魔物は、人間たちとの戦いにおいて、本気など出してはおらぬ』

「……っ。やはり、か」


 リズレッドの顔が昏く歪む。


「考えたくはない……いや、無意識に考えないようにしていた。……アモンデルトやメフィアスと戦って感じた、圧倒的な力の差を。エルダーの守り手として、これでも歴代に並ぶ腕を磨いてきたつもりだった。だというのに、私は先の二戦において、全く通用しなかった」

「リズレッド、そんなことは……」

「いいいんだ、ラビ。気遣いは嬉しいが、事実は事実だ。……そして、だからこそ当然、疑問が生まれた。――なぜ人類は、今日まで生き延びてこられたのかと」


 部屋のなかが重苦しい空気で満たされる。

 本来ならばリズレッドの口からは出ない言葉。魔物に対する畏怖の念。人と魔物の、絶望的な彼我の差。

 ……それを認めるような言動だった。


「もちろん、私よりも腕の立つ戦士はいる。西方の剣国で名お馳せる剣聖や、森樹海に住むと言われる大魔女は、人の域を超えた力を持っているとさえ言われている。……けれど、彼らが生まれる前から魔王や六典原罪が存在していたのなら――とうの昔に人の世は、終わっていたのではないか」


 こちらとしてはリズレッドより強い人間が存在するなんて想像こともできないが、彼女がそう言うからそうなのだろう。

 事実、召喚者を位付ける称号で、俺は黄金級。

 バディの契約をした相手によって上下するその等級を考えれば、上にまだふたつの上位存在がいるということになる。

 俺も相当この世界に入れ込んでいるが、やはり上には上がいるものだ。

 ……ただし、それでもやっぱり。


「俺はどんな奴が相手でも、リズレッドは負けないと思う」


 少しだけ意地になって、反論した。

 リズレッドはそれを聞くと、はにかむような、そして困ったような顔の両方を作りながら応えた。


「ありがとう。君にそう言ってもらえるなら、私も頑張らないといけないな」


 剣聖だとか大魔女だとか、それがなんだというんだ。

 彼女とて『赫月騎』というユニークジョブを天啓された、ただひとりの人間だ。

 その弟子が師の勝ちを確信しないで、一体どうするというのか。


 と、そこへ。


『ゴホン』


 巨人の口から、空咳がひとつ吐き出された。


『続けても良いかな? つがいの方々?』

「「つがいって言うな!」」


 ……なんだかここに来てから、こういうからかい方ばかりされている気がする。

 気を取り直すかのように老トロールは座した姿勢を変えると、再び本題へと戻る。


『そこまで考え至った上で、なお争う意思を持ち続けるとは流石だ。大抵は圧倒的な絶望感の前に、膝をつくものだ』

「……折れていい膝も、挫けていい道理もない。祖国を滅ぼされた復讐を果たすまではな。……だが、」

『そうだな。今のお前では、まだまだ力が足りない』

「……はっきり言うな」

『言われて気を害するほど子供でもあるまい。それに、このままではメフィアスたちに対抗できないというのは、もう充分承知しているようだしな』

「……なぜ魔王たちは、いままで人類を放っておいたんだ。知っているなら教えてくれ」

『無論だ。というより、それを伝える役割も込めて、神が我輩達をここに幽閉したのだからな』

「神が……お前達を直接?」

『驚くことはない。お前が生まれるよりも更に遥か昔。神話の時代は――人と神はもっと近い位置にいた。それこそ、大神樹がそれを証明しているだろう』

「大神樹とて半分お伽話の存在だからな。神と会話ができた場所なんて、私にあh想像はできても実感することはできない」

『エルフは人のなかでも、神官を命じられるほど神に近い種族だったのだがな。これも時の流れか。……さて、ではどこから話したものか』


 そう言うと老トロールは、遥か悠久の刻を思い起こすように宙空を見据えながら――懐かしむように語り始めた。


『我輩たちが魔物となり、そして神オーゼンによりこの迷宮に封じられたのは、大神樹が燃えた二千年よりも少し前のことだ。ドルイド族はエルフ族と双璧を成す神の使いでな。おそらく地上では、いま魔法を使える者は数多くいるのだろうが、あの頃に使用を許されていたのは我輩たちとエルフたちだけだった』

「……ああ。その歴史は、学のある者なら誰でも知っている知識だ。……表向きの、だがな」

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