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その答えに辿りついたとき、メフィアスの矛がほころびを見せた。魔力で編み込まれた槍が音を立てて亀裂を生じさせる。
これが最後のチャンスだ。
その確信が湧くと同時に、全ての気迫を絞り出し、握り混んだ白皙の剣へとそれを託す。
波動で吹き飛びそうになる意識をなんとか自分の内に掴み込み、そのまま前へ――悪魔が鎮座する、夜天の空へ。
腕が吹き飛んでも良い。骨が砕けてもいい。なんとしても俺はこいつを倒して……そして地上に帰る。命さえ繋げば、あとはアミュレが傷を癒してくれる。全てが終わったあと、首の皮一枚が繋がっていればそれでいい……だから頼む、奇跡の御技よ、この悪意の災厄を斃す力を俺に与えてくれ。
「――――届けえ!!」
……そして、道は拓かれた。
壁のように立ちはだかっていた禍槍に一筋のひずみが走る。そしてそれは瞬時に全体へと行き渡り、四散した。
白剣は気高い光を讃えて罪滅ボシとトリガーの重ねがけによる負荷に耐えてくれた。そして発射台たる俺の体も、そこら中に激痛を走らせながらも、その役割を完遂するために身命を賭してくれた。
その結果が、この天へと続かんばかりの摩天楼の道。
砕けた槍が魔素へと返り、まるで花のように主人へと続く道を俺に拓く。
新月により月の見えぬ空のその先。この身全てを賭すして作った頂への道の先で――暴虐の夜姫は座していた。
「馬鹿な…………ッ!?」
メフィアスの驚愕する顔が、はっきりと瞳に映る。
奴が形成した最大奥義はいま、俺の後方で粉々となって魔力の欠片に変容し、宙へと舞い散らばった。
穂先から砕け散り魔力の槍が霧散するなか、構わずそのまま一直線に進む。
それがどれほどの衝撃を奴に与えたのかは言うまでもない。メフィアスは槍へ魔力供給を行うために、両手を前へ突き出す形で静止していた。
常に術者が魔力を与え続けなければ保てないほどの上位魔法。だがそれに見合うだけの破壊力を秘めた一槍だった。
そう、それほどの一撃。それほどの必殺の確信を以って放った一槍が――奴の言う所の『ただの召喚者』によって崩されたのだ。
「メフィアス……これで終わりだ。俺は――」
苛烈な勢いで迫るなか、俺はふと夢想する。
天に翔ぶメフィアスよりも遥かに頭上には、新月により今夜は見えぬ月が浮かんでいる。
俺と月の間に座し、行く手を阻む障壁――それが俺にとっての、メフィアスという悪魔の正体だった。
奴の計画した罠に嵌り、一度は膝を折りかけた。もう二度と彼女に会えないのだと絶望した。
だけどもう一度立ち上がり、ここまで辿り着けたのは……それほどまでに、手を伸ばしたかったから。悪魔に阻まれていまは見えぬ――
「――俺はリズレッドと一緒に、この世界を生きるんだァ!」
決意を込めてそう雄叫ぶ。
玉座へ駆け抜けるように驀進する一刀が、いまだ身動きのとれない夜姫へと猛然と迫り――そして、
「ガ……ぁ…………ッ!?」
――白き剣は、真祖の姫を貫いた。
それは紛うことなく断罪の刃が届いた瞬間。歴史のなかで奴に悲憤を飲まされた人々の思いが、ついに果たされたのだ。
「う、そ……私の……最大の攻撃が……私の魔王様から授かった体が……こんな、こんな脆弱な人間なんかに……」
深々と奇跡を纏った白剣を腹に受けたメフィアスは、ただ信じられないという表情で、その光景を愕然と見据えていた。
大勢の人の命を弄び、いじくり回し、無下に捨ててきた彼女に対する、それは正真正銘の報いの一撃。
「お前が……お前がいままで笑って殺してきた人間の、悲しみ……無念……悔しさ……その全てを知って……そして往け……メフィアス」
「……この……調子に、乗るんじゃ――ッ」
なおも手を振り上げ、剣を突き立てる俺へと振りかぶろうする悪魔。
だがその腕は、俺の頭蓋を砕く寸前の上空で静止した。――いや、正確には、砕くための拳が――崩壊したのだ。
「ああ――――ッ!?」
叫喚が響く。
それはいままで犯してきた罪を償う瞬間が訪れたことを告げる鐘の音にも等しく――
「私の……私の体が……!?」
四肢が壊死するように変色し、ぼろぼろと崩れ去っていく。
真祖の吸血鬼は血の気をひかせて、消滅した己の部位へと意識を集中させる。
「無駄だ。お前がいままで重ねてきた咎の重さは、そんな自己修復じゃ潔白することなんてできない」
「き、貴様……一体……一体なにを……っ!?」
「『罪滅ボシ』……お前たちが殺してきたネイティブたちの悲しみの数だけ命を穿つ、俺だけに与えられた武技だ」
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