08
「ふふふ、悪魔と契約したね? 私はしつこいよ〜?」
「望むところだ。この程度でエデンを諦めてたら、それこそ笑い者だからな」
不敵に笑う彼女に対して、俺は決然とした態度で返した。次いで頭の中で、自分がいま囚われているだろうおおよその位置を描き、そこから最も近い拠点を彼女に告げた。
「なあ、麻奈はもうウィスフェンドへは入れるのか?」
何の気なしに訊くと、麻奈は目を瞬かせながら訊き返してきた。
「ん? どういうこと?」
「さすがにパーティを組んでマップから位置を探ると言っても、距離が遠すぎたら反応しないだろ? 広いALAの世界をしらみ潰しに探すのは現実的じゃない。そしてさっき話した通り、クリスタルが破壊されてから俺が死ぬまで、そんなに間はなかった。とすれば、リムルガンド周辺に俺が囚われてる監獄がある可能性が高いんだ。だから拠点はウィスフェンドに置いたほうがいいと思う」
「まあ、確かに。それで『もう入れるのか』ってどういうこと? ウィスフェンドって入国するのに、何かアイテムが必要なわけ?」
俺はそれを訊いて、思わず言い淀んだ。
どうやら彼女は知らないのだ。あの何日も繰り返される、苦行を。
自分の口からそれを言い渡すのは阻まれたが、こちらも決意を示したのだ。彼女にもそれをする義務があるだろう。
「……麻奈、よく聞いてくれ」
低い声音で、彼女に絶望を言い渡す。
不敵に笑うのは、今度は俺のほうだった。
◇
――時は戻り、ウィスフェンド。
市民と召喚者の衝突を防いだリズレッドは、事態が沈静化したことを確認すると、ここに来てから拠点として活用している宿屋『黄金の箒』へ帰路についた。中央から外れた雑多な脇道に面するそこは、古く、お世辞にも豪奢な造りとは言えないが、三階建の縦に長い構造をしており、店名の通り箒の柄にも見えた。
分厚いウォールナットの扉を開くと、正面に設けられたカウンターと対面した。しかし本来そこにいるはずの受付係――大半はここの店主が勤めている――の姿はなく、彼のいい加減さがよく表れていた。
リズレッドは主人が不在となったカウンターに、ぽつねんと寂しげに置かれた帳簿を手に取ると、新たに宿泊する者の名を代筆した。
「代金は明日、親父殿に直接支払うと良い」
後ろにいるはずの彼女に声をかけたが、返事はなかった。不可解に思い振り向くと、帳簿に記した名前の本人、マナはエントランスを物珍しそうに散策して、心ここにあらずといった様子だった。召喚者というのは何が珍しいのか、ネイティブにとっては有り触れた生活様式の一つ一つに大きく関心を示し、まるで宝物を眺めるように目を煌めかせる者がいる。何を隠そう、彼女のパートナーであるラビがその最たる一例だった。だがそういった一種の観光的感動とはどこか違う様子を、後ろ姿からではあるがリズレッドは感じていた。
「あ、ごめんごめん。何か言った?」
「……明日、きちんと金を払うんだぞ。ここの親父殿はいい加減だし、金の支払いもどんぶり勘定だが、未払いだけは死をもって償わせる人だ」
はーい、という間の抜けた声に肩を落としつつ、リズレッドは自らが借りている部屋へと向かった。
ランプの灯でかろうじて闇が払われた廊下を歩く。目的の部屋は三階の角部屋であり、狭い折り返し階段を一段踏むたびに、ぎしぎしと床が鳴った。そして彼女の後ろから、散策を終えた同行者が、ぴったりとくっついてもう一つの軋み音を生じさせる。振り向くと、後ろで手を組みながら、鼻歌交じりで辺りを見回す、召喚者の女が映った。
「ん? どしたのリズレッドさん?」
視線に気づいた相手が、赤い眼をしばたたかせながら訊いてきた。
「……いや、なんでもない」
リズレッドはそれに対して、とくに気にかける風もなく再び前へ向き直りながら答えた。
マナはリズレッドと出会ったあと、なし崩し的に行動を共にしてここまで来ていた。というのも、召喚者へベッドを提供している宿が、いまのウィスフェンドではここしかないのだ。他の宿屋はどこも市民からの反感を恐れて召喚者への門戸を閉め、拒絶の意思を示している。何故ここは召喚者を受け入れ続けるのかとリズレッドは宿主に訊いたことがあるが、「金を払う奴なら誰でも客だ」と呵々大笑で言われたときは、流石の彼女もその豪胆さに感心を通り越して呆然としたものだった。
だがもっとも、そんな理由だけで彼女をここまで連れてきたわけではない。素性のわからない相手に安々と自分たちの根城に招待するほど危機感が欠落しているわけでもなければ、相手を信用もしていない。そう、たとえ大切な自分のパートナーの生存を知らせてくれた相手だとしてもだ。
本当ならば適当にあしらって煙に巻こうかと思ったのだが、あの中央大十字路で出会った際に、出し抜けに渡された一枚の紙片が、その決断をためらわせたのだ。
やがて三階の角部屋に着くと、マナは大きく伸びをした。
「はー、やっと一息つけるよ。リズレッドさんごめん! 私、ちょっと
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