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――だが、それを以ってしてもこの剣はあまりにも、
「……重い――ッ!」
恐るべき膂力で振るわれた一刀だった。さっきの異形の女性など比べ物にならない、受けた杖ごと体を粉砕されてしまいそうな一撃だった。
「ぐッ……この――!」
俺は渾身の力を込めてそれに争う。破壊耐性を付与されているブラッディスタッフが、ミシミシと音を立てる。
まさかまだ伏兵が潜んでいたとは……いや、それは当然か。ここは戦場で、敵がこちらの都合なんて汲み取ってくれるはずもないのだから。
だけど、ここまで来て諦められるか。
やっとあの監獄から抜け出せたのだから。やっと縛られた鎖を解き、立ちふさがった壁を打ち壊してここまで来たのだから。彼女が待つところまで、俺は止まるわけにはいかない――!
己の内に残った全ての闘志をかき集めて眼光を放った。強力な一撃を放った敵へと。お前を倒して先に進むという絶対の意思を燃やして。
――だがそこには、予想もしなかった人の顔があった。
互いの剣を交えながら俺も無表情に見つめる顔。さっき戦った異形の女性と同じ、なにも映さない空っぽの瞳が、俺の命を断たんと振るわれた白剣の先で、ぼんやりと浮かんでいた。
「リズ……レッド……」
信じられない気持ちでその名を呼んだ。
実際、なにが起こったのかわからなかった。あまりにも現実離れした現実に、脳が理解を拒んでいた。
だが何度見てもそこには、一年間一緒に旅をして、憧れて、追いかけて、この十日間あまりの間、心のなかでずっと俺を支え続けてくれていた一人のエルフの姿があった。
「なんでここに――!」
次いで叫び声を上げようとした瞬間、彼女は打ち合って硬直した刀身を体ごと後ろで後退させると、無防備な側面へ向けて横薙ぎの一刀を放ってきた。
なんとかそれも光刃で受けたが、リズレッドの強力な一撃に足が浮き、そのまま吹き飛ばされた。
「…………」
宙を舞うなかで見えたのは、あの異形の女性と同じように、感情というものを根こそぎ奪い取られたような、虚空を見つめる双眸。
近くの家屋に強かに体を衝突させて地面へと崩れ落ちるが、それ以上の衝撃が心を支配していた。
なんで、なんで、なんで。
やがて空から何者かが降り立つ気配を感じた。
俺はなんとか上にかぶさった瓦礫を払いのけながら立ち上がると、そこには、
「あら、こんなところで会うなんて奇遇ねぇ」
優美な笑みを放ってこちらを見下ろす、黒羽の悪魔がいた。
「――メフィ、アス――ッ!」
監獄の底で一度だけ会っただけだが、その姿と名は忘れることなどできない。
俺たちを地の底へと縛り付け、幾度となく命を奪い取った張本人がそこには立っていた。
メフィアスはこちらに向かってにこりと笑った。やけに機嫌が良いように見えた。
奴はそのままリズレッドの隣まで近寄ると、そのまま彼女の肩を自分に引きよせた。
「見て頂戴、私の新しいコレクションを。この絹のような金色の髪、美しい彫刻のように純白い肌、そして強い意思を感じられる蒼穹の瞳。――それを全部、私のものにできたわ」
「なんだと……」
「ふふ、私は吸血鬼の祖にして血の支配者。私の血を分け与えた者は、どんな抵抗を以ってしても抗うことはできない。私に服従を誓うことに至高の喜びを見出す、従順な徒となるの」
「ふざけるな! リズレッドはお前の血になんか負けはしない……!」
「あら、じゃあなんであなたはいま、地面に膝をつけているのかしら?」
「……ッ」
「彼女の一撃はどうだったかしら? ――ああそうだったわ、。召喚者のあなたは、痛みを感じないんだったわね」
「くそ……! リズレッド、正気に戻れ! そんな奴の支配に負けるな!」
「無様ね。もう彼女の心にあなたなんて一欠片も残っていないわ。敗北した雄はとっとと消えるのが、せめてもの矜持じゃないかしら? それとも――」
メフィアスがリズレッドの首筋にキスをして、短く「やりなさい」と呟いた。
その一言が始動のスイッチだったかのようにリズレッドの体が跳ね、握られた白剣が俺の体を串刺しにせんと迫った。
「ぐッ――疾風迅雷――っ!」
彼女の疾さはよく理解している。さっきの二撃を受けられたのは偶然か、もしくは奇跡。素早さのバフをかけなければ、俺が彼女の一撃に対処できる道理はない。だが、
「ッツ!?」
そんな上乗せ分など瑣末な一皮に過ぎなかったと、俺は理解させられた。
疾いなんてものじゃない、光い。
一年間で俺に見せてきた彼女の体技が、どれだけ調整されていたものか。
「…………」
無情な瞳のまま、こちらの最大推力に平然と付いてくる彼女。そして白剣が再び宙を滑ったかと思ったとき、体のなかを何かが通った。
途端、体の制御が俺の意思から外れ、力一杯地を蹴っていた足がもたげ、再度地面へと盛大に倒れこむ。
「……!?」
うつ伏せに倒れて困惑する俺の真横にメフィアスが立ち、ゴミでも蹴るように転がされる。
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