18
唐突すぎる言葉に、俺だけじゃなく四人全員が首を傾げながら訊き返した。
「お前の勘は途中までは合ってるが、まだ足りねえ。あいつが目をつけたのはリズレッドたちだけじゃなく、全員だ。あいつらは自分の支配に下らない奴らを、絶対に許さねえ」
オズロッドが確信の宿った目でそう言った。
俺は不思議に思った。確かにこの都市の住人が彼らに苦しめられているのは、今回の一件でわかった。
自分たちを支配しようとする相手がどういう人間か、支配を受ける側の人間は嫌でも理解してしまう。それは当たり前のことだ。
けれど彼がいま放った言葉には、それ以外の感情が含まれているように感じた。
支配ではなく、もっと近い位置であの蛇のような男を見続けてきたからこそ出る。そんな何かを。
「リズレッドにフードを被せたのは正解だったな。こいつの耳を見たら、あいつもいよいよ目の色を変えただろう」
「私なら平気だ。あの程度の男なら、何人でかかってこられようが負ける気はない」
「単純なレベルだけで勝負するつもりなら、それこそあいつのカモだぜ」
「なに?」
リズレッドが眉をひそめた。咄嗟に間に割って入る。
「でも、それだとあんたに迷惑がかかるんじゃないか?」
「俺はあいつらと少しばかり縁がある。早々に手は出してこねえよ」
「縁?」
「……昔の話だ。もう何年も会ってもいなかったんだが、どこかでお前の乗船の噂を聞きつけたんだろう」
明らかに言葉を濁すオズロッドに、アミュレが言葉を返す。
「すみませんが、この都市のどこを居住に選ぶかは、私たちの最優先事項です。ラビさんと弔花さんを失えない今、素性の定かでない人を信用することはできません」
「ほう、それじゃあどこで寝泊まりするか、当てはあるのか。言っておくがこの都市の全てに奴らの息はかかってる。どこに宿を取ろうとも筒抜けだ。それとも野宿するか? あまり賢い選択には思えねえけどな」
「それは……」
「アミュレ、いいんだ。俺たちを心配してくれるのは嬉しいけど、俺はオズロッドを信用したい」
「ラビさん、またそんな……!」
「この世界で懸命に生きてる人間は、それだけの道を歩んできてる。隠したい過去だってひとつやふたつはある。だろ?」
少し、意地の悪い問いかけだった。
自分の生い立ちや故郷を、全て覆い隠して生きようとしている彼女に対して、これは問いではない。
「……わかりました」
果たしてアミュレは、まだ言い残した言葉をぐっと飲み下すような表情で首を縦に振った。
「……ごめん」
「いいんです。私も、いまのはせっかく提案してくれたオズロッドさんに失礼でした」
そのやりとりを見て、当のオズロッドは対して気にする様子もなく頭を欠きながら、言葉を再開した。
「ただ、ひとつ条件がある」
「条件?」
「あいつらに、お前らを自由にさせておく理由を与える」
そう言ってオズロッドは周囲を見回して、一番人が少ない部屋の一角へと移動した。
それに続いて俺たちも移動すると、彼はそこに置かれていたテーブルの上に、さっきからずっと握っていた紙を広げた。
それは依頼書だった。四人全員の目がそれに集中したのを確認すると、言葉を続けた。
「あいつらがオヤジに依頼した人捜しのクエストだ。こいつをお前らで解決するんだ。そうすりゃ、滞在中くらいは大目に見るだろう」
「管轄には下らないけど、敵意もないことを示すってわけか。しかもそれが人捜しっていうなら、事が荒立つ心配もない」
「すごく……理想的……」
弔花とふたりで、彼の申し出に意気投合した。実際、こっちに向こうの商売を邪魔する意思なんてないんだ。
主人やオズロッドはあの男たちを敵視しているようだけど、この都市にはこの都市のルールがある。部外者の俺たちが、軽い正義感で首を突っ込んで良いことでもない。
……けれど、どうも様子がおかしかった。
リズレッドとアミュレが釘打ちでもされたように、依頼書を覗く姿勢から一向に動く気配がなかったのだ。
顔はどこか冷ややかで、そして真剣そのものだった。
「この都市で、『魔堕ち』が出るんですか」
アミュレがぼそりと訊いた。
「まさか、神に背く儀式にまで手を出していたとは」
続いてリズレッドが告げた。
落胆というよりも、ただただ見下げているような調子だった。
「お、おい、どうしたんだよ二人とも? 何をそんなに苛立ってるんだ」
依頼書に目を落とすと、確かにそこにはアミュレが口にした『魔堕ち』の文字が記されていた。
俺はもう一度、そこに書かれている文章を復唱した。
緑髪の魔堕ち。変異して間もないため危害は少ないが、十分注意して捜索に当たられたし。
――なお、対象は生存したままの捕獲を条件とする。
「……なんというか、まるで物扱いだな」
生存とか捕獲とか、良くて昆虫かなにかの採取のように書かれた文章だった。
リズレッドたちも当然同意してくれると思ったが、反応は俺が予想したものとは真逆だった。
「『魔堕ち』が相手だ。これぐらいが妥当だろう」
「え?」
「ラビさん、『魔堕ち』に情は禁物ですよ」
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