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「あのチビは気配探知のスキルを持ってやがったからな。気付かれねえように距離を取ってたのがラッキーだったか。あんな群団と戦うくらいなら、一層下に落ちたほうが利口ってもんだ」
四本目のポーションを飲み上げて、さらにもう一本の瓶にも手を伸ばしつつ男――レオナスは、自身が落りてきた頭上を見上げる。
陥没した床に足を取られて奈落へと落下したアミュレを、彼は見ていた。
迷宮への入り方――ランプを特定の順番で押すことや、さらにラビたちが探索した範囲までの地図は、鏡花から伝達済みだ。
あとは徘徊する魔物の露払いを先行するラビたちに任せ、自身は気配を可能な限り消すアイテムを使用して尾行する。
すべては、あの白髪の目障りな男を消すために。
レオナスはこの迷宮に、ラビの持つ『トリガー』に匹敵する何かを求めて、彼らの優秀な索敵者の目を逃れながら追随していたのだ。
それが単純な力であるのか、迷宮に眠る財宝であるのかはわからない。
だが古代の遺産が多く遺るここには、地上をどれだけ這いずり回っても手に入らない貴重な何かが眠っている。レオナスはそう考えていた。
……あのとき、彼が鏡花と協定を結ぼうと打診したとき、彼女は差し出された手を取らなかった。
そこに本人すら感知していないであろう、淡い、あのザ・ワンへの想いがあったのをレオナスは見抜いていた。
そしてあの土壇場の現場で、ラビが鏡花ではなくアミュレを助けようと身を投げ出そうとしたことで、彼女がどのような感情を抱いたのかも。
「ハハッ、また裏切られたなァ鏡花? けど、悪いのはお前だぜ。せっかく手に入れた処世術――他人を食い物にして生き残る術を捨てて、あんな甘い野郎に肩入れしようとしたんだからな。俺たちにそんな生き方は似合わねえのさ」
くつくつと、堪えきれない嗤笑を漏らす。
面白ついでにメッセージウィンドウで『夢破れた気分はどうだよ?』と送ってやったが、返答はなかった。
そんな場合ではないのか、返信する気がないのか。
どちらにせよ一問即答の彼女には、珍しいことに変わりはない。
そして、彼自身にもやるべきことがあった。
崩れ落ちた瓦礫の上で眠るひとりの少女を眼下に見据え、レオナスは腰に手をやりながら嗤う。
「よぉガキ。お前の索敵には相当気を揉まされたぜ」
遥か頭上から落下し、怪我を負いながらも辛うじて息をする少女――アミュレを見やりつつ、男はひとりごちる。
気を失い昏倒する彼女を見下ろしたまま、腰から下げたナイフを鞘から抜く。
「ま、俺が殺そうと殺すまいと、お前はもう終わりだ。こんな深部でひとりぼっちじゃ運の尽きってやつさ。だったら一思いに殺してやったほうが優しさってもんだろ? くく……お前の血に塗れた遺品の数々を見たときの、あいつの間抜け面が目に浮かぶぜ」
レオナスは心のうちに棲む悪意を周囲に振りまくように、歪んだ笑みとおぞましい嗤い声を上げた。
彼は、ネイティブを『人』として認識する召喚者だ。
――だからこそ、殺しが楽しくて仕方がない。
向こうの世界では完全な法整備とナノマシンによる監視のもと、うちに潜ませるしかなかった悪意が、ここでは好きなだけ発露することができる。
脅しもゆすりも、詐称も偽証も、殺しも。
相手の尊厳を奪い取る行為のすべてをこの世界は許容してくれる。
天使を空想したのが人なら、悪魔を想像したのもまた人。
彼は平和な世界からつまはじきにあった人種だ。強い奴が弱い奴からなにもかも奪い取る。一体それのなにが悪いのか。
事実、彼の父は人を食い物にしたことにより英華を得た。
そして咲良電機という巨大企業は、いままで同様の手段により多数の命を吸い上げて世界に名だたる峰となった。
というよりも、いま世界で名を馳せている企業のほとんどは、大抵がそういった類のものだ。
自分が生まれる前に起きた大戦争の軍需によって礎を作った会社が、百年足らず経ったいま、満面の笑みで『人のために』などと嘯いて商品を売っているのを見るたび、レオナスは白けた思いに苛まれた。
人を殺す道具で設けた金で私腹を肥やす――同族、
ならば、俺も同様の手段で高みを目指してなにが悪いのか。
レオナスは傷つき倒れたアミュレへと垂直にナイフを立てると、おもむろに腕を振り上げた。
暗闇の深奥で、光石に照らされた刃が鋭い鈍色を放つ。
「くく――ラビ、お前の大切な仲間の、ずたずたになった遺体をプレゼントしてやるぜ」
上へ昇るために。
愉しむために。
いまだ幼く、望まぬ生き方からようやく解放された少女は、ただそれだけのために、命を終えようとしていた。
苦痛のなかで得た盗賊のスキルも、絶望のなかで託された僧侶のスキルも使うことが許されず。
昏倒のなかで昏い渇望の贄とされる。
ひゅ、と、軽い風切り音が鳴る。
レオナスの握るナイフが、アミュレの心臓を突き刺すために振りぬかれた、死の音だ。
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