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 ロズは残った《アモンデルトの歪羽》《魔人の魂欠》《醜悪な黒角》を見やると、不思議そうにそれを手で撫でた。


「先ほどのアイテムもそうですが、ラビ様は珍しい物を多数お持ちなのですね」

「え? そうですか?」

「ええ、ギルドに所属していれば自然とアイテムには詳しくなるのですが、本日お見せいただきました物は、初めて拝見するものばかりです」

「うーん……ドロップした相手が相手だからかなぁ」

「?」


 首をかしげてきょとんとする彼女だったが、やがてギルド員として役目を果たすように、残った三つのアイテムに《鑑定眼》を使用してくれた。


 俺やリズレッドが《鑑定眼》を使った際は瞳が青く光るのだが、ロズの瞳には赤い光が宿っていた。

 熟練度の違いなのか、もしくはスキル自体が高位のものにアップしているのだろうか。俺にはそれを判別する術を持たないが、いずれにせよ彼女が高レベルのスキルを使用していることだけはわかった。


 ギルドの一員ともなれば《鑑定瞳》の熟練度はかなりのもので、討伐したモンスターの破片から、それが本当に目的のモンスターのものなのか、そして倒した者が誰なのかまで、適切に情報を引き出せるとリズレッドから聞いたことがある。ギルドの仕事を進める上で、嫌でも身につけなくてはいけない必須スキルなのだそうだ。

 何を隠そう《インテリメガネ》《愚者のブーツ》でさえ、俺とリズレッドには鑑定できなかった。レベル30から装備できるアイテムだなんて、このとき初めて聞いたのだ。


 素直に彼女の力に感心していたところ、次第に当人の様子に変化が現れた。

 体を震わせ、真剣な眼差しでテーブルに置かれたアイテムを見つめると、冷や汗でも落ちんばかりに、じっと押し黙ってしまったのだ。

 ……どうしたのだろうか。まさか全く値打ちのつかないアイテムを出されて、返答に困っているとか……? だとしたら悪いことをしてしまった。


 焦る気持ちでロズを見ていると、少しして彼女はふう、と一息ついたあと、


「……ラビ様、クラウド様、少しだけお時間をいただけますか?」

「え?」

「……奥の部屋へどうぞ」


 そう言って返答も聞かず、奥へと俺たちを促し始める。

 俺とクラウドは訳がわからず、しかし無下に断る理由もないので、お互いに眉を寄せながら彼女の後ろについて歩く。

 その間ロズは一切の言葉を発さず、ただこつこつと小気味好くヒールを鳴らして先導するばかりだった。


 重たそうな木製の分厚い扉を開くと、広間とは打って変わって、上質で落ち着いた部屋が俺たちを出迎えてくれた。

 来客用の応接室のようで、豪華なソファがテーブルを挟んで二対並んでいた。

 無論、こんなところに通されたことのない俺たちは周りを見回して、その豪奢な作りに盛大にうろたえた。


 後ろでバタン、と広間に通じる戸が閉められる音が鳴る。するとロズが俺の前に立ち、怒っているような緊張しているような、判然としない表情で俺を見た。こちらもどういう顔を作れば良いのか困っていると、


「ラビ様! こんなアイテムどこで手に入れたんですか!?」


 唐突に大声が上がった。普段の大人びた彼女からは想像もつかないような、動揺しきった声だった。


「……へ?」


 俺は思わず調子の外れた声音でそれに応える。


「こんな高価な素材アイテム、初めてみましたよ!?」

「素材アイテム?」

「こちらの《アモンデルトの歪羽》《魔人の魂欠》《醜悪な黒角》です! これは……正直、個人の冒険者が所有しているのが信じられないくらいの逸品です! 装備品に加工するにしても、付術師に新たなアビリティ生成を頼むしても、最高級の素材になるものばかりですよ!!」

「……冗談でしょう?」

「冗談でこんなに声を荒げたりしませんよ! こんなもの、王族や大領主がやっと手に入れられるようなレベルのものです! ラビさん、一体どうやってこれを手に入れたんですか!?」

「ええと、アモンデルトとドラウグルっていう奴らがいて……そいつらから……」

「アモンデルトとドラウグル……? どちらも聞いたことがないモンスターですね……ネームドでしょうか?」

「どうだろう、俺もあまりモンスターに詳しい訳じゃないから。でも魔王軍の一員だったから、ここら辺には生息する類のモンスターではないと思う」

「魔王軍の一員!?」


 そこでまた、彼女の声が応接室に響いた。


「あの……あの……その魔王軍の一員からドロップしたアイテムをお持ちになっているということは……」

「一応、俺が倒しました……けど」


 それを聞いて、ついにロズはその場でぺたんと倒れ込んでしまった。

 なんだか驚かせてばかりで、彼女に申し訳ない気持ちになってくる。


「……信じられない」

「そうは言われても、信じてもらうしか」

「っ! いいえ、そういう意味で言ったんじゃないんです! 誤解させてしまい申し訳ありません!」


 手をぱたぱたと動かしながら、彼女は慌てて言葉を付け加えた。


「……だって、魔王軍と一人で戦うことができる冒険者なんて、初めてお会いしたものですから」

「いや、一人じゃないですよ。俺よりも何倍も強い仲間が一緒に戦ってくれたんです。でないと、俺なんかじゃ手も足もでなかった……」

「……それはひょっとして、一緒にお見えになるリズレッド様のことですか?」

「ええ、彼女がいなければ今の俺はありません」

「そうですか……なんだか、ラビ様にそこまで言っていただけるなんて、リズレッド様が羨ましいです」

「え?」

「……こほん、すみません。出すぎた言い分でした。……でもラビ様、あなたが魔王軍と戦って、生き残ったことは事実なんです。それだけでも十分にすごいことですよ」


 心からそう称賛してくれていることがわかり、少しだけ誇らしい気持ちが胸に湧く。


「ありがとうございます。ロズさんにそう言ってもらうと、なんだか照れくさいですね。

……ええと、それでこのアイテムを売れば、付術師の方に仕事を依頼することはできるでしょうか?」

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