15
ロズは立ち上がると、顎に手を当てて少し考えたあと、ぽつりと呟いた。
「これは私的な意見なのですが……その二つのアイテムは、売らないほうが良いかもしれません。お金に変えるよりも本来の目的、素材として使用したほうがラビ様の今後のためになるかと。ただ当面の金銭的な問題もありますし、最終的にどうなさるかはラビ様のお気持ち次第です」
真剣な彼女の眼差しが、このアイテムがおそらく一度手放せば二度と戻ってこない類のものだと雄弁に語っていた。
思わず生唾をごくりと呑みこむ。装備アイテムを売って得られる予定の二十万Gは、明日の依頼と新武器の調達で消えるだろう。となれば当面の生活は、かなり質素なものにしなければいけない。俺ひとりならまだしも、リズレッドにそれを強いるのは、果たしてどうなのだろうか。
「……この素材は、少し保留にしておきます。しばらくは装備品を売ったお金で凌ぎますよ」
「かしこまりました。……あの、それでラビ様、明日は私もご一緒させていただいても良いでしょうか? この街に来て間もないラビ様では、武器の調達も困るでしょう。こうなってしまったのは私の不注意によるところもございますし、なにかのお役に立ちたいのです」
「え……でもそれは、冒険者とギルドの関係を超えているのでは?」
「ええ、ですが私個人の意思としてなら問題ありません」
「……ロズさんって、意外としたたかな人なんですね」
「……ラビ様はしたたかな女性はお嫌いでしょうか?」
「いえ、助かりますよ。ここに来てから一週間、まだ買い物らしい買い物も殆どしたことがなかったので」
「ありがとうございます。明日のお買い物、楽しみにしておりますね」
そう言って笑う彼女。
クラウドはそんな俺たちの様子を見て、肘で小突いてくると、ロズに気づかれないよう小声で囁いた。
「……浮気するなよ?」
「……お前なぁ」
茶化すような面持ちで言ってきたクラウドに肩を落とす。
何かを言い返してやりたかったが、そのとき壁にかけられた時計が九時を回っていることに気づき、青ざめる。
そろそろここを出ないと、流石にリズレッドになにを言われるかわからない。報酬を受け取るだけのつもりだったに、ノートンのせいでかなり時間を食ってしまった。一刻も早くこのことを伝えて、今後の方針を決めなくてはいけない。
「……まあいいや。とりあえず今日はもう帰るよ。クラウド、お前はどうするんだ?」
「俺もそろそろメアリーのところに戻ってログアウトだ。……ラビ、これから大変だろうが頑張れよ。《ロックイーター》は相当の化物みたいだし、リズレッドちゃんに頼んでパワーレベリングもした方がいいかもな」
「……いや、リズレッドはそういった類のことは嫌いなんだ」
「嫌い?」
「ああ、他人の力を使って強引にレベルを上げたら、スキルの熟練が難しくなるらしいんだ。だからリズレッドと俺が共闘することはあまりない」
「マジか……そういや、弱い敵を倒してもスキルのレベルって上がらないよなあ」
「それに気づかずにレベルだけ高い奴がネイティブにも結構いるみたいだぞ。だから高レベルになる前に、手持ちのスキルをしっかり仕上げておくことが大事って言ってたな」
「なるほどな……でも、せっかく二人パーティなのに、基本ソロで戦うっていうのも寂しいな」
「まあな……そっちはどうなんだよ?」
「メアリーは僧侶だし、レベルだって低いからな。二人で戦って丁度良いくらいだ」
「そうか……それは確かに羨ましいなぁ」
「ふふふ、だろ? 俺の自慢の嫁だぜ?」
「嫁って……別にバディは、パートナー以上の関係になる訳じゃないだろ」
「いーや、俺とメアリーは心で繋がり合ってるね」
「……その心で繋がり合ってる相手に、あんなの着せようとしたのは誰だよ」
「う……それは……ロールプレイの一環でだな……!」
過去の蛮行を掘り起こされて、クラウドの表情が曇った。
昔、彼がメアリーと組んでまもない頃、旅路にと用意した衣装が彼女の逆鱗に触れたのだ。それはどう見ても肌の露出が多く、冒険をするにも、街を歩くにも不向きとしか言えない代物だった。
白のショート丈のタンクトップと超ミニのスカートで、彼こだわりの逸品だったらしいが、一体どこから見つけてきたのか今でも謎である。
しかも悪いことに、黒髪長髪でグラマラスなメアリーが着ると、如何わしい店の客引きとして完璧な風貌が完成してしまい、大変破壊力の高いものとなったのだ。
かくして僧侶は確あるべきという性格のメアリーを、本気でキレさせることとなった。普段大人しい彼女の怒りの力は凄まじく、このクラウドが平身低頭のお詫びをしてやっと許してもらえたのだという。
まあその喧嘩のおかげで、今ではなんでも言い合える仲になったらしいので、俺としては羨ましかったりもするのだが。
俺とリズレッドは、まだ喧嘩らしい喧嘩をしたことがない。それは確かに望ましいことなのだが、お互いが遠慮して本心を語れないような場面も、この一年で何度かあった。彼らのように一度大喧嘩をすればその壁が壊れるのかもしれない。
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