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だがそれを考えるのは、少なくとも今ではなかった。《ロックイーター》に対してもリズレッドに対しても、俺に残された時間は少ない。辛勝の気晴らしにと仰いだエールが、とんだ事態に発展してしまったものだと目を細めながら、うんうんと唸るクラウドを通り過ぎて、ロズに話しかけた。
「それじゃあ、俺はそろそろ帰ります。ノートンがまだどこかでめを光らせてるかもしれない。十分に気をつけてください」
「ありがとうございます。ラビ様もお気をつけて」
「一応戦闘職なんで、たとえ襲われてもなんとかしてみせますよ。それで、明日はどこかで待ち合わせしますか?」
「そうですね……それでは、朝の十時にこのギルドの前で待ち合わせでどうでしょうか?」
「オッケー、それじゃあ強はここで。
おーいクラウド、俺はもう帰るけど、そっちはどうする?」
まだ腕を組んでぶつぶつ言っていたクラウドは、それでやっと我に帰ると、片手を上げながら応えた。
「俺はもう少しここで依頼書を観ていく。あいつのせいでせっかくの祝賀モードが台無しだぜ。ったく」
「では、私はラビ様を玄関までお送りいたします。クラウド様はどうぞごゆっくりおくつろぎください」
そう言うとロズは扉を開けて、玄関まで俺を先導してくれた。
外はすっかり静まり返り、夜の静寂がウィスフェンドを包んでいた。
俺は彼女に深々とお辞儀をして、今日の一件の謝罪と礼を再度行う。
ロズはそれに対して「明日はお互い、気分転換の一日にしましょうね」と笑った。俺もそれに頷くと、足早にギルドを去る。
約束の時間はとうに過ぎ、帰ってリズレッドに苦言を言われるのは目に見えていた。どれだけ早く宿に着けるかが、俺のまず最初の命運の分かれ道なのだ。
……ギルドから離れた街路時の裏。規則正しい生活を送るウィスフェンドの住人ならばとっくに家に戻っているはずの時間帯に、二人の男の影があった。
「……という訳です。君の言う通り、あのラビとかいう男は、どうも自分の力に自惚れているところがあるようだね」
影の一つ、ノートンは先ほどの白髪の男の醜態を楽しげに語っていた。そしてもう一人の男が、愉快な気持ちを隠せないといった様に表情を歪め、くつくつと声を潜めて笑う。
「だろ? 調子に乗ってやがるんだよ。《ザ・ワン》だなんて称号を持って、ゴールドランクに所属して、すっかり有頂天だ」
もう一方の影は、逆立った金髪ときらびやかな片手剣を腰に差した剣士だった。
「……君の個人的感情が多分に含まれている気もしますが、確かに格式高いこの街に、召喚者が多く入り込むのは私も反対です」
「フン、人間は自分の感情に素直に生きるのがイチバンなんだよ。今でも忘れねえぜ、あいつに殴られた痛みはよ」
楽しげな声音が一転し、剣士はうずく頬に手を当てながら恨めしげにつぶやく。
ノートンはそれを見て、この談合の主題について話をすすめた。すなわち……彼らをどうするか、ということを。
「まさか、このままクエストを黙って見守るつもりもないのでしょう?」
「当たり前だ! ったく……ギルドのクソ女が余計なことをしやがって。せっかくラビの野郎を孤立させるチャンスだったってのに。……だが《ロックイーター》か……」
「言っておきますが、いくら僕でも《ロックイーター》を相手取るのは無理ですよ。先に倒して彼らの依頼を阻害するつもりでしたら、ご容赦を」
「バーカ、そんなことはしねえよ。だが……戦いの中で、奴らに不慮の事故があったとしても、十分あり得る話だよなあ?」
醜悪さを煮詰めたような、下卑た顔だった。しかしノートンは、彼の様子にひどく共感したように笑う。
「……なるほど、そういうことですか」
「ああ……ラビの女を、この戦いの中で殺しちまおう!」
「……噂に聞く亡国のエルフ……高貴さと気高さを兼ね備えた、極上の女性だとか」
「ああ……あいつの一番気に食わないところは、そんな上質の女をいつも横に連れてやがるところだ。僕は女性になんか興味ありませんよ、みたいな面して、きっちりやることはやってやがる。だから思い知らせてやるのさ……絶望ってやつをな。本当は俺の物にしてやりたいところだが、なにせ痛みを感じないこの世界じゃ、強引に襲ってもなにも愉しくないからな」
「エルダー騎士団の副団長を務めあげた方らしいですが……確かに、興味はありますね。不本意ですが、ロックイーターと私が同時に攻撃すれば、さすがにどうしようもないでしょう」
ノートンの顔がみるみる歪んだ。これから起こる最高のショーを想像して、瞳が爛々と輝く。
「……彼女を殺したら、一体どれだけの快感を僕に与えてくれるのか……! ……ふふ……その話……乗りましたよレオナス」
「よし、決まりだな! 目の前で自分の女をズタズタに引き裂かれて、1億ドルのレースから脱落して絶望する、あいつのを様を見せてもらうぜ。はは! はははっはははは!!」
夜の城塞都市の中で、レオナスとノートンは狂い嗤う。
彼らの指には、バディであることを示す銀のリングが、闇の中で鈍く輝いていた。
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