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「そういう奴が一番……食いごたえがあるんだよ!」
速さで言えば彼女のほうが数段上。
奇をてらった攻撃に戸惑うほど、彼女は甘くない。
だが、それでも。
「……ッ」
単純な力によって、奴の拳を刃で受けたリズレッドの体が後ろずさった。
「馬鹿な……剣を……しかも白剣相手に、徒手空拳で迫るだと」
「なまっちょろい勇者サマに扱われて、宝剣とやらもナマクラに変わったんじゃねえのかあ!」
続けて四肢すべてを使った連撃がリズレッドを襲った。
拳と蹴りとを織り交ぜて、巧みな彼女の防御を打ち砕かなんと迫る。
「く……ぐ……」
攻撃を白剣で弾く最中、苦痛の声が漏れた。
頬から汗を流して、動くことさえやっとといった様子だった。
体の中で結晶化した異物が、彼女の行動を妨げているんだ。
動くたびに刃物で切り裂かれるような痛み伴いながら、彼女はいま全力で戦っている。
早く、早く隙を見つけないと。
警鐘のように心臓が脈打つ。
必殺を必殺たらしめるために必要な、絶好の好機を。
無謀でもなんでもいいから、いますぐにでも加勢に向かいたい気持ちを、寸前のところで止める。
勇んですべてを無にすれば、それはさっきの失態の再現だ。
リズレッドが足止めを引き受けた以上、彼女はその役目を絶対に果たす。
俺はただ防戦一方の彼女の戦いを、断罪の鎌をいつでも放てる準備をすることに全神経を集中させようとした。
「どうした、エルフの国の騎士サマは、この程度でもう音を上げるのか」
あざ笑う口調で言い放つレオナスが、糸目を縫うように防御の隙間を抜けて一撃を放った。
拳は彼女の腹部に命中し、着込んでいた鎧ごと殴り飛ばした。
「ごふっ……!?」
一瞬、体が宙に浮き、そのまま後ろずさった。
鎧がひしゃげ、顔は激痛に耐えるような苦悶の表情を浮かべている。
「打撃ってのは鎧の上からでも衝撃を与えられるんだ。トロールにも力負けしねえいまのオレの一撃を、まともに受けた気分はどうだよ」
「この程度の攻撃、いままで何度も受けてきたさ」
「そうか、じゃあ心置きなくサンドバッグにできるな」
そのまま攻撃を再開したレオナスは、一撃を加えるごとに速さと重さを増していくような、凄まじい猛攻を見せた。
リズレッドは次第にそれを捌ききれなくなり、被弾の数を増していく。
だがその瞳には、窮地に陥ってもなお勝機を見失っていない、確かな光があった。
俺はそれを信じて、千載一遇の機会を待った。
足が勝手に前に進みそうになるのを抑え、ぼろぼろになっていく彼女を前に制止を義務付けられた心が悲鳴を上げる。
まだなのか。
まだ、動いちゃいけないのか。
必殺を叩き込むためとはいえ、こんなものを見せられて、黙っていられるほど俺は出来た人間じゃない。
怒りと焦燥で拳が震えて、願うように彼女からの合図を待った。
そのとき――ふと、彼女の視線がこっちに向けられた。
ただ一瞥しただけと言われればそれまでの、無造作に向けられた瞳だ。
けれどそれを見た瞬間、まるで声を交わしたかのように彼女の言葉が伝わった。
さあ、前へ進もう。
そう告げていた。
そして彼女は、防戦一方となりレオナスの攻撃を受ける一瞬の間断を突き、無造作に右手を振り上げた。
奴はそれを、寸前のところで躱した。
自分のほうが体術も戦闘勘ももはや上なのだと、自慢するかのように紙一重で。
だがリズレッドは振り上げた拳を、宙を切る最中で大きく開いた。
その内に込められていた物を、相手の眼前を通過するタイミングで解き放ち、
「――ッ!?」
レオナスが声にならない声を上げた。
自分の鼻先で解放された手のひらの中から、まばゆい閃光が一気に爆発したのだ。
「お前は相手を蹂躙するときに、ゆっくりと楽しむ癖があるな。まるで食事でもするように。夢中で釘付けになって。……どうだ、お前にとって私は、極上の料理に見えたか」
彼女が解き放ったのは、圧縮した炎の粒だった。
凝縮すればするほど高密度になり、熱量を上げた火が白色を放つ。そしてそれが、まるで閃光弾のように奴の眼前で炸裂した。
いまだ。
目線を送られるまでもなく、全身の細胞がそう告げた。
思考が指令を出すよりも早く、体の各部が弾かれるように前へと繰り出された。
「レオナス……俺は、英雄なんかじゃないよ」
網膜が灼かれて悶える彼に迫る。
手からはスキルの発動を告げる感覚が伝わってきた。斬首の鎌のような、重たい感覚が。
「人を殺した奴が英雄だなんて間違ってる。だから俺は、ただの召喚者――ラビ・ホワイトとして」
振り上げた光刃に、断罪の黒が纏われた。
そしてそれを俺は、解き放った。
「お前を屠る」
『罪滅』。
繰り出した刃が、目の前の男へと吸い寄せられるように振り抜かれた。
罪を欲するかのように。それを裁くのが、己が役目だと言うかのように。
そして、
「――ッツガァアッ!?」
黒の軌跡が宙を走り、怪物を斬り裂いた。
レオナスの体が黒色の炎に包まれ、瞬く間に大きく燃え広がる。
この黒炎の大きさに比例するだけの所業を、こいつは――。
思わず目を細めた。
お前だって、ネイティブを認めていたのに。
俺と一緒なのに。
どうして俺は、お前に刃を――。
斬られたレオナスがリズレッドを押しのけて、のたうつように儀式の間を歩んだ。
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