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「――と、まあそんな感じで、お前たちにやって欲しいのは半ば迷宮と貸した古代図書館の探索だ。むろん報酬は弾む。なんといっても歴史的な文献が多く発掘されることはほぼ確定しているからな。――だがそれ以上に、そちらにとって価値のあるものも提供できると思う」

「価値のあるもの?」

「ああ……もう知っているとは思うが、賢人は神がこの世界をお造りになったときに、最初に生み出された種族だ。『古代種』のひとつと呼ばれているが、それを裏付けるような卓越した智慧を彼らは持っていた。そして歴史も」


 フランキスカの表情がにわかに真剣さを増した。隣にいたバッハルードが、それとなく周囲の人払いをしている。二人の態度が、これから語られることの重大性を予感させ、俺は息をのんだ。なにかが起こりそうな予感がよぎるときの高揚感とも緊張感ともつかない思いが、急速に胸の内に湧く。


「――ラビ・ホワイト。お前に特別クエスト『古代図書館の探索』を発注する。達成目的はできるだけ深く迷宮のマップを作成することと、生息する魔物の情報を集めること。報酬は探索具合によって変わるが――一層につき百万の最低額を約束しよう。――そして」


 一度言葉を切り、息を整えるフランキスカ。

 次に口にすることは一層につき百万という破格の報酬すらも霞むとでも言わんばかりに、彼は一拍置いたあと、


「ラビ・ホワイトにはこの古代図書館に蓄えられた太古の情報を、自由に閲覧する権限を与えよう。――むろん、そこのエデンへ繋がるものが記されているとしてもだ」


 そう言い放った。


 それは新たな道が拓けた瞬間の煌きにも似て、俺と、そしてリズレッドの大きな衝撃を与えた。

 今回の城塞都市防衛戦は、エデンと繋がる可能性など全く考慮していない一件だった。だけどまるでなにかに導かれるように、突如としてその目的地は、俺たちの前にその尻尾を現したのだ。


 フランキスカは俺たちふたりの様子を確認したあと、注意付けのように表情を引き締めて言葉を続けた。


「だが正直、中がどのような状況になっているのか、全くわからない。なにせあの守銭奴の貴族連中ですら、奥に眠る財宝を前にあまりの危険さから二の足を踏んでいた領域だ。古代図書館の深層に潜るには相当の覚悟が必要だろう。今回はお前たちにクエストの強制はしない。受けるも断るも自由だ。――ただし、可否の決断はここで行ってもらいたい。こちらにも探索隊の準備があるんでな」


 横にいるリズレッドと視線を合わせる。

 古代種たる賢人が遺した遺跡に眠る、手付かずの太古の遺産。そんなもの、どう考えても危険が伴う。命の保証など全くなく、だからこその報酬額と情報提供だった。

 だけど隣にいるバディはそれを前にしてもなお凛然と立ち、確かな瞳の輝きとともに、ただ首肯をひとつして己の意思を告げた。


「――はい。そのクエスト、是非受けさせていただきます」


 長き悪夢は終わり、ひとときの平和が訪れた城塞都市の中央広場で、俺たちの新しい旅が始まりを迎えた。




  ◇



 城塞都市の地下に眠る闇の蔵書庫。

 膨大な書物が壁という壁を覆い隠し、さながら文字が支配する閉じた空間。

 いまはまだ静けさを保ち、神話の時代に記された知識たちが眠るその古代図書館に、たったひとつだけ、こつこつと足音が響く。

 長い金髪を揺らし、悠然と歩くその者には確かにエルフの証たる長い耳が備わっていた。

 彼は無人の書物の海のなかでひとり、粛々と奥深くへと続く道を辿りながら、ぽつりと呟く。


「リズレッド……お前は……人族への恨みを忘れたのか……?」


 プレートメイルに刻まれたエルダー神国騎士団の紋章が、松明の灯を受けておぼろげに闇のなかを漂い、やがてその姿は図書迷宮の奥へと消えていった。




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あとがき


こんにちは、赤黒明です。

このたびはアーク・ライブ・アブソリューション第三部をお読みいただき、誠にありがとうございます。

ようやく物語のキーになるスキルをラビが習得し、次から本格的にALAが進み始めます。

本編が当初予定していたよりも大幅に長くなってしまった反省を活かして、次はもっと計画的に書いていければと思います。

第四部は一週間後の9月2日より開始予定です。またラビたちの旅にご同行いただければとても嬉しいです。

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