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「……なにが望みだ」


 俺は奴の意図が読めずに問いた。少女を人質に取りながら、相対する男は蒼の髪を振り乱しながら、覆らぬ決定事項のように告げた。


「死ね。お前と横の兵士、そして担いでいる兵士も同様だ」

「なに?」

「君たちが犠牲になったあと、弱ったロックイーターを僕が討伐する。そしてそれを市民に報せれば、フランキスカをウィスフェンド領主の座から引きずり下ろせるだけでなく、純血種の復権にも繋がるという訳だ。まさか君があの竜蟲をあそこまで追い詰めるとは思ってもいなかった。君を侮っていたよ。ゴーレム程度を討伐して浮かれる未熟者と笑ったりして悪かったね。素直に非礼を詫びるよ」


 言葉とは裏腹に、ゴミを見るような態度を示すノートン。

 隣にいたホークが火を付けたように声を荒げた。


「貴様ッ! フランキスカ様にまだ恨みを抱いていたのか!」

「恨み? 違うな、これは正当行為だ。上級領民である僕が、下級の君たちに蔑まれる今の状況こそ異常事態なのさ。異常は正さなければならない。そうだろう?」

「勝手なことを……お前たちのその驕りの結果、何人が裏で泣いたと思っている!」

「黙れ。お前にはわかるまいよ、古より城塞都市に貢献してきた純血種は、その程度の行いで罰せられるような存在ではない。というよりも、君たちに制定権があるなど考えるうが『驕り』だと思うのだがね」

「ふざけるなッ! お前たちは城塞都市の理念を汚す行いを、どれだけ重ねてきたかわかっているのか!」

「我々こそ城塞都市の理念そのものだ。お前たちは浅ましくも、庇護される身でありながらそれ以上を望み、あろうことか純血種の排除などという愚行を働いた。その罪の償いとして、慈悲深い僕は死をもってそれを償う機会を与えてやっているんだ」

「貴様……貴様ァ……ッ!!」


 白熱する二人の口論。どうやらウィスフェンドを取り巻く事情は、余所者の俺では計り知れないものがあるらしい。表向きは上手く政治が行われているようでも、蓋を開けてみればどす黒い因縁に塗れているのは、どこの世界でも一緒のようだ。


 だがそんなこと、今はどうでも良い。こちらは大切なパーティメンバーの少女を救うのが最優先事項なのだ。なおも過激化する口論の隙をを見計らい、俺は魔法を発動する準備を行った。先ほどレオナスに使用したのと同じ、目くらましのための炎だ。


 しかし上級職の実力を持つノートンは、たちまちのうちにそれを看破すると、昏い瞳で静止を命令してきた。


「おっと、動くな! 動いたらこの少女がどうなるか……わかるだろう?」

「くっ……」

「まあそんな顔をするな。お前たちの命と引き換えに、このガキの命だけは救ってやろうと言うんだ。感謝するんだな」


 吐き捨てるような声音だった。そのような約束などあとからどうとでも反故にできるという本心を隠しもしない、人を物としか見ていない声だった。一体どのように育てはこの様な人格が形成されるのか……。


 アミュレが弾かれるように叫んだ。


「ラビさん! 私は死んでも構いません! どの道、生きる資格のないような女です! だからどうか逃げてください!」


 悲痛な表情だった。誰かを助けるために旅を続けた結果、やっと出会ったパーティメンバーが、自分の命と引き換えに潰えようとしている。その事実が彼女に、どんな罰よりも重くのしかかっているのだろう。それはアミュレにとって、他者を糧にして生きていた、過去の自分の焼き直しでしかないのだから。


「……俺は死んでも構わない。だけどホークたちは駄目だ」

「ふざけるな、ゾンビ野郎のお前の命なんておまけだ。本命はそいつらの命さ。死んだら二度と元に戻らない、価値のある生命を僕に捧げろ」

「くそ……!」

「……ふん、反抗的な顔だな、気に食わない。……まあいい。それでどうするね? この少女を見殺しにして逃げるか、ここで名誉の戦死を遂げるか。二つに一つだ。選択肢が与えられるというのは幸せだぞ。死に方を選べるのは、人の最後に残された自由だ」

「勝手なことを……ッ」


 まるっきり裁判官にでもなった気分でいるノートンは、幼い命を盾に取りながら、高みから俺たちを見下ろすようにご高閲を弁じた。ホークは歯を食いしばり、業腹の表情で奴を睨んでいたが、だがやがて、ふっと空気が抜けるように穏やかな顔になると、


「貴女にかけていただいたヒールライトのおかげで、自分はあの悪魔と戦うことができました。ご協力感謝いたします」


 そう言ってアミュレに頭を下げた。そして次に俺へ振り向く。その瞳にはすでに死を覚悟した色が混じっていた。


「ラビも、見ず知らずの俺たちのためにここまでしてくれてありがとう。俺はここまでだが……君はまだ蘇ることができる。必ずこの男の悪行を、街のみんなに知らせてくれ」


 ホークは自分の命をすでに捨てる決意をしていた。目の前の少女の命を守るために、自分の命を捧げるつもりだった。


 それは本来、領主に誓いを立てた兵士にとっては恥ずべき行為だろう。自身の運命はすべて領主が握り、命を賭すのなら城塞都市のために賭す。それがウィスフェンドの正規兵に所属する彼の役割のはずだ。

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