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 独り言ちる俺を他所に、魔法陣はなおも禍々しい歪光を強めていく。

 夜空を侵食するように不可思議な術式が編み込まれていき、詠唱がなおも続いていることを教えてくれる。


 あれが完成してしまえば、俺の負けだ。

 ラビの負けというだけではない。痛みが現実世界と遜色ないレベルでトレースされるいま、あんなものを受ければ、そこに待っているのは――稲葉翔の死。


 許容できない痛覚を問答無用で脳に叩きつけられ、抵抗もシステムの補助も意味をなさず、あっさりと絶命する。

 ……そんな未来を容易に想像できるほどの波動を、眼前の真祖は放っていた。


「死になさい。あなたはこの世界には現れてはいけない存在――きっと魔王様の一番の怨敵となる。それを認めて、私の最大の技で、跡形もなく消してあげるわ……!」


 吠える悪魔の周囲で、魔力の陣がひときわ大きく光り輝く。

 それはつまり、詠唱が完了したことの証し。


 ――間に合わない。


 瞬時にそう判断した。

 だが跳躍はまだ続いている。俺はなおも空へと駆け上がっている。あの悪魔へと剣を届けるために。だというのに、その頂に達するよりも早く必殺一撃が解き放たれてしまう――!


 だけど、


 再起の糸口を与えてくれたマナ。

 ここまで連れてきてくれた鏡花や弔花、ヴィスにエイル。


 最後の最後までこんな弱い俺を信じて、必死に戦い抜いてくれたアミュレ。


 そして……俺に全てを託して己の剣を預けてくれたリズレッドに、堂々と胸を張って再開するためにも、俺は――――、


「俺は、それでも――お前に勝つ――――ッ!」


 間に合わないのなら、それごと討ち斃せばいい。

 奴が切り札を切ったのなら、俺の取るべき選択はただ一つ。


 奴の最強ごと、俺の全てで突破する――――!


 一撃必死の攻撃を正面から打ち破るという無謀の中、脳裏に走馬灯のようにリズレッドの顔が浮かぶ。

 トリガーの力に後押ししてもらい、彼女の体温や呼吸を直に感じて、ようやく実感できた。


 

 高度に組まれた自律成長型のAIで、どこかのサーバに内蔵された0と1の集合体であろうと、そんなものは彼女という価値観に、なんの変動も与えない。


 ――だから俺は命を懸ける。

 愛する人とまたこの世界を旅するために。愛する人を、悲しませないために。


「――おぉぉぉぉおおおおおーーーーッ!!」


 罪滅ボシを発動させ、彼女の白皙の剣が断罪の色を帯びた。有罪を罰するための黒。精一杯の雄叫びを上げて天を駆ける。そして――――。


 ――――その光景を、城塞都市の人々は天を仰いで見やった。


 堅固な壁に守られた自分たちの故郷を、徹底的に破壊し尽くした悪魔と、それに食い下がる若き召喚者の姿を。


 過去の悪夢であるロックイーターと、人の容姿を持ちながらその身を魔物へと堕とした眷属の群れを率いてやってきた、魔王直属部隊の一人、真祖吸血鬼のメフィアス。彼女が放とうとしている高位魔法の波動は遥か地上に足を付ける彼らのもとにまで届き、その恐怖を夜天を見上げる全員に叩きつけていた。


「もう終わりだ……」


 数瞬前、暗黒の卵が空に浮かんだのを見た住人のひとりがそう呟いた。

 だがそれは、街全員の総意といっても過言ではない。抗う心すら根こそぎ奪い、無理やり絶望を精神にねじ込むような暴力的な光景。しかも中から孵ったのは、索敵スキルなど持ち合わせなくとも理解させられる、絶対強者の側に立つ美女。


 人類は奴らに勝てない。

 歴戦の勇士たるリズレッドさえもメフィアスと戦い、叩き込まれた絶望感を、今度は戦う力をもたぬ人の全てが抱いてしまった。


 ある者はあんぐりと口を開けたまま放心し、ある者は涙を流して無力感に打ちひしがれ、ある者はその威容に畏怖を抱き、神に祈るように両手を握って膝をつく。


 それはまさに死の具現化だった。

 あのフランキスカでさえも、思わず意識を遠くへ放り投げてしまいそうになるほどの戦力差。和解など不可能だと無理やりに理解させられる種族間の絶対的な価値の違いを、天を背にして真の姿と化したメフィアスは傍若に発揮していた。


 ――だが。


「お、おい……あれ……」


 ――――誰が予想しただろうか。


「あれは……?」


 ――――――その『死の天使』を前にして、なおも果敢に挑んでいく者がいるなどと。


 誰もがその一条の光を見た。

 人々に終わりを告げる神の使いたるメフィアスに向かって空を疾る、尋常ならざる跳躍を見せる彼を。

 それはまるで、黒い月を討つために地上から天へと昇る流星のようだった。

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