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 そんな会話をしながら門を抜け、外見同様、少しばかりの衝撃では微動だにしなさそうな石造りの廊下を歩いた。

 やがて大きな木の扉の前で、先導していたフランキスカが立ち止まった。彼の前にいる二人の守衛が、両開きの戸を左右からうやうやしく開くと、部屋の全貌が明らかになった。かなり大きな部屋だ。天井も高く、床は人が百人入ろうと、悠々とくつろげる面積を有している。


 そしてそこに、ぽつねんとテーブルが置かれ、両側に二つのソファが顔を向けて設置されていた。

 それ以外に腰を落ち着けられそうな家具はなく、この部屋は私たちが主役なのだと存在をアピールしているようだった。

 フランキスカは無言で中に入り、リズレッドたちも続いた。ほのかに革の匂いと、よく手入れされた絨毯の香りが鼻を伝わる。部屋に入れば改めて、ここにある全ての家具が値打ちのある物ばかりだとわかった。どれも作りが細かく、豪奢だった。飾り気のないこの中央領のなかで、ここは切り取られた別空間のようだった。


「外のお偉方をもてなすための来賓の間だ。この中央領で、一番の部屋と言ってもいい」


 バッハルードがそう告げて、本当に彼女たちが華々しく迎え入れられた来客であるかのように、大様に頭を下げた。

 それが彼なりの、仕方なかったとはいえ罪人に仕立て上げてしまった彼女たちへの詫びなのだと、リズレッドたち三人は即座に理解した。


「まあ、とりあえず座ってくれ。そしてお前……いや、リズレッド殿が読み取った敵の意図を教えてくれないか。エレンの奴が街に帰還してくるほどの、確信に迫るその読みを」


 フランキスカは部屋に控えたメイドにお茶の用意を指示すると、ソファに腰掛けるように手で促した。

 ソファは三人が座ってもなお余裕があり、リズレッドはマナとアミュレに挟まれる形で中央に座った。

 フランキスカは対面で中央に深く腰を下ろし、両手を組んで彼女の言葉を待っている。フランキスカはその脇に立ち、真っ直ぐに伸びた姿勢と、それと同じように一直線の伸びる視線をリズレッドに送っている。


 メイドが用意したお茶を手に取りながら、彼らにどのように説明したものかと講じたあと、結局リズレッドはエレファンティネに話したように、エルダー神国が攻め滅ぼされたときの状況と、現在のウィスフェンドの状況が類似していることを語った。そしてそのあとに、この一連の騒動の奥に、六典原罪メフィアスの存在を嗅ぎ取ったことを告げる。

 さしものフランキスカも六典原罪が出てくるとは思っていなかったのか、お互いの眉の間にシワができるほど苦々しい顔をしたあと、顎を撫でながら唸った。


「……なるほど。どうやら私は、本当に大きなミスを犯したようだ。防衛線の激化はあくまでも囮か……魔王軍め、やってくれる」


 彼女に戦いの勘が備わっているように、革命の戦いを生き抜いた彼にもそれは備わっていた。しかし領主として政務に忙殺されるなかで、勘を発動させるだけの材料が、不幸にも手元に揃わなかったのだ。それは立場上、仕方のないことでもあるが、若かりし頃の自分であれば、その少ない情報のなかからもきな臭いものを感じ取ることができただろうに、という落胆の色が、うなだれた顔からひしひしと感じ取れた。


「い、いや、だがまだ魔王軍が明日攻めてくると確定したわけではないぞ?」


 その落胆ぶりに思わずリズレッドがフォローを入れると、


「馬鹿野郎。人の命を任される身なら、常に最悪を想定して動くのが鉄則だろうが」


 という言葉が返ってきた。

 だがその荒々しい口振りとは裏腹に、声音には先ほどまでの刺々しい雰囲気がずいぶんと消えていた。

 戦いの勘が働く者こそ、いまこの状況で一番必要な人材なのだと言わんばかりだった。

 そして彼はにやりと笑いながら言った。


「だが、そんな大きな戦いが始まろうとしている所にわざわざ戻ってくるとは、お前もどうやら相当、ラビという召喚者にご執心のようだな」

「っ!」


 リズレッドは飲んでいた紅茶を、もう少しで吹き出しそうになった。

 ごほごほと咳き込みながら息を整える間もなく、人差し指を領主に突きつけながら声を張り上げる。


「い、いまはそんなことを言っている場合ではないだろう! 敵は目前まで迫ってきているかもしれないのだ。早く対策を立てねば、取り返しのつかないことにだな……!」


 真っ赤になりながら弁明する彼女に、フランキスカは面白いものを見つけた悪童のように口の端を吊り上げた。自分を読み負かした相手に、少しでも仕返しをしたかったという感じで。

 同じソファに座る両脇のマナとアミュレも、もはや恒例行事のようにそれを半目で見守っている。


 フランキスカはソファの脇に立つバッハルードに視線を送ると、お互いに肩をすくめ合った。まるで憑き物が取れて、ようやくすっきりしたと言うように。


「妖精族というのは自分たち以外の種族に対して傲慢な奴らだと思っていたが……ふふ、時代も変わったか」

「俺たちが最後に妖精族と会ったのは革命よりもっと前、冒険者として各地を巡っていた頃だからな。もう四十年も前のことだ。要塞都市にひきこもっている間に、どうやらすっかり時代に取り残されたらしい」

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