75
「……ッ!?」
攻撃されたことに全く気づかなかった。
極度の緊張による見間違いかと思ったが、HPバーが大幅に減少し、間違いなくダメージを負ったのだとわかった。
「質問に質問で返しちゃ駄目よ? でも、本当に召喚者は血が出ないのね。部屋が汚れなくて助かるけど、やっぱり味気ないわ」
「い、いま……なにを……」
「そんなに怯えないで。ただ手刀で落としただけよ。痛みもないし、死んでも蘇るんだから、こんなのどうってことないでしょう? ……でも、そうね」
彼女はそう言って、足元に落ちた手首の先をつまみ上げると、優しく撫でながら話を続けた。
「この手首のお返しとして、質問に答えてあげるわ。アモンデルトは六典原罪の第六編だったの。本当は貴方たちの管理も、彼と二人で行う予定だったのよ。おかげで仕事が増えて大変だわ」
「……さっきから言ってる、六典原罪ってのはなんなんだ」
「質問に答えるのは一回だけよ。さあ、次は貴方が私たちに利益を提供して頂戴」
その言葉とともに、不意に現れた鎖によって俺の四肢は即座に束縛された。もっとも、彼女に落とされた右手首の枷だけは簡単に外れたが、どんなに右腕を動かそとしても、ぴくりとも動かなかった。
「《チェーン・オブジェクト》。一定時間相手の行動を完全に停止させる魔法よ。広い野外ではまず当たらないけれど、こういう場面では便利なの」
手を口の前にやり、くすくすと笑うメフィアス。
「利益……? 何度も復活する俺たちを、ここで管理するのが目的なんだろう。他になにがある」
「管理は利益のために行うものよ。……出て来なさい、アラクネ」
合図と共に後方からさらにもうひとつの影が現れた。今度は一目で魔物だとわかった。メフィアスの二倍ほどの身長を誇るそいつは、それ以上の迫力があった。
「メフィアス様、子供たちの馳走に、このような上物をご用意頂けるなど、光栄の極みにございます」
アラクネはその名前通り、半身が蜘蛛で、半身が女性の魔物だった。三メートル近い体躯を支える八本の多脚は太くて禍々しかった。だがそれと反比例するように上半身の女性の部分は華奢で、体の面積の殆どは蜘蛛の部位で構成されていた。
この異形の魔物が告げた言葉に、俺はさっと血の気が引くのを覚えた。
「……まさか……」
口ごもりながら言葉を発しようとするのを、メフェィアスが遮った。
隠していた秘密事を打ち明ける瞬間のような、とても楽しそうな表情だった。
「ふふ、そうよ。貴方はこれからアラクネの子供たちの餌になるの。魔王軍の食料問題も解決するし、もちろん食べて殺せば経験値も入るから自軍の強化にもなる。無限の命を持つ貴方達には、ぴったりの役目(ロール)だと思わない? ああっ、こんな素敵な策を発案されるなんて、魔王様は偉大だわ!」
自らの腕で自らを抱きしめながら、その身すべてを捧げるといった様子で天を仰ぎ見るメフィアス。
あまりのことに気が遠くなりかけたが、それと同時に一斉に部屋の明かりが灯ると、それ以上の衝撃を叩きつけられた。
「あ……ぅ……が……」
「た……す、け……」
召喚者が、生きながらにして子蜘蛛に食されていた。
「……ッ」
思えず目を塞ぎたなる光景だった。
どう見ても彼らの傷は致命傷だった。召喚者と言えど、死に至るまでの肉体の損傷度合いは、ほかのネイティブと変わらない。だが彼らの中には、もはや四肢を保っていない者すらいた。
おそらく蜘蛛の幼体が出す特殊な唾液により、ギリギリまで鮮度が落ちない――死なないように細工されているのだ。
その光景を見ただけで、俺は吐き気で胃が激しく動くのを感じた。
血や臓物こそ出ていないものの、体中がついばまれ、片目を視覚を有したまま千切り食われる者や、腹を貫通して中身を食われている者もいた。無論、プレーヤーに痛みはない。だが、だからこそ
自分が子蜘蛛の小さい顎で、少しずつ毟られて食われていく様を、死ぬまで。
だがそこで、ひとつの疑問が浮かんだ。
なぜみんなログアウトしないんだ? あれほどのおぞましい体験をするくらいなら、一度現実の世界に離脱すれば良いのに。……だがそこまで考えて、そんな希望など、俺たちには用意されていないのだと遅れて気づいた。
常時食われているということは、常にダメージが入り続けているということだ。そしてALAはシステム上、ログアウトするには無挙動で十秒間の待機が必要とされる。……そしてそれは、他者からダメージを受けても中断されるのだ。
「……っ」
思わず眉根を寄せて、苦虫を噛み潰すような顔を浮かべた。
彼らはログインしたら最後、己の命が潰えるまで、捕食されるさまを延々と見続けるしかないのだ。アラクネの幼体は非力だが、数が多い。プレイヤー全体の平均レベルは現在15程度と聞いたことがあるので、大挙として押し寄せる捕食者に防衛が追いつかないのだ。それに、もし幼体を退けられたとしても、目の前にいる蜘蛛女の怪物……アラクネがいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます