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「これが……クリスタルを破壊された召喚者の行く末なのか……?」


 ぞっとなり、足元がふらついた。暗闇のせいで平衡感覚が狂い、もう少しで本当に倒れ込んでしまいそうだったが、右足を突っ伏して耐えた。ここで転げたら、眼前に広がる無限の暗闇へ、どこまでも落ちていってしまいそうだった。

 そのとき、この地獄にひとつの声が響いた。女性の声だった。闇さえ切り裂きそうなほど鋭利で、それでいて抑揚のある声音だった。


「あらあ、察しがいいのね」


 それが合図かのように、闇に一つの火が灯った。壁に備え付けられた松明がひとりでに燃え、ゆらゆらと揺れはじめる。

 そして俺は、その光に照らされて浮かび上がる、ひとつの影を見た。左右にぶれる松明の火が、まるで陽炎にようにその影を踊らせていたが、当の本人は微動だにせず、ただこちらを見ているようだった。


「……お前は」


 影は人と同じ形をしていた。四肢があり、身長も平均的な女性サイズと言って良いだろう。召喚者か、ネイティブか、魔物か。ここからでは判然とせず、歩み寄って確認しようとしたが、その必要はなかった。ふいに彼女のシルエットが大きく左右に広がったのだ。体が膨張したのではなく、背中に隠していたものを、左右に広げたのだ。


「ッ! 魔物か……!」


 それは羽だった。しかも鳥のような暖かな印象なものとは程遠く、コウモリの羽に近い様相だった。影はくすくすと笑って答えた。


「そんなに身構えないで。私はあなたの主人よ。これから、仲良くしていきましょう」


 そう言ってゆっくりとこちらに歩みよってくる。

 距離を取りたいが、ここがそれほど広くない隔離された空間なのは、音や空気でわかった。逃げることもできないなかで謎の魔物は鷹揚に近づいてきた。一歩近寄られるたびに、漆黒の影が薄くはらわれていき、やがて眼前まで迫ると、


「はじめまして、私はメフィアス。魔王様から名前を賜った、映えある六典原罪の第五編。貴方たち召喚者の管理を任された者よ」


 そう言うと腰に巻かれている紗幕なパレオを指でつまみ、初対面の挨拶というように会釈してきた。


 メフィアスと名乗った魔物は、背中に生えた羽さえなければ、まるっきり人間の女性と変わりなかった。大きな鍔のついた黒い帽子をかぶり、銀の髪がストレートに伸びている。面積の少ない服をまとっているので、帽子がなければ踊り子に見えるかもしれない。


「管理……?」

「ええ。召喚者の管理が、私の役割の一つなの」

「……なぜそんなことをする」

「ふふ、だって無限の命を持つなんて化物、きちんと見張らないと危ないじゃない?」


 持って回るような口調だった。相手のペースに嵌らないためにも、俺は質問を変えることにした。


「……どうやって俺をここに呼んだ。クリスタルを破壊された召喚者は、みんなここに集まるのか」

「半分正解で、半分外れよ。そうね、なにも知らずにこれから起こることを享受するのは可哀想だから、特別に教えてあげる」


 メフィアスはそう言うと、開いた胸元に手を差し込み、乳房の間からひとつの結晶を取り出した。それは暗闇の中でもわかるほど黒く、なかで妖艶な紫の光がもやのように放たれていた。


「魔王様がお造りになられた、デミクリスタルよ。本来、祈りを捧げたクリスタルが破壊された状態で死んだ召喚者は、もう二度とこの世界に訪れられないの。でも破壊した瞬間になかの記録をこれで吸い取ることで、召喚者の依り代をこちらに移すことができるのよ」

「……つまり、お前たちのおかげで俺は、またこの世界に来れたってわけだ」

「そうよ、感謝なさい。魔王様が貴方たち化物に、新たな有用性をお与えになられるのだから」

「さっきから化物化物って……お前たちがそれを言うか」

「あら、侵害ね。少なくとも私は、命をひとつしか持っていないわよ?」

「……ネイティブにとっては、十分化物だろう」

「それもお互い様よ。貴方たち召喚者はこの世界に来て日が浅いからわからいだろうけど、私たち魔物は決してネイティブに対して大きなアドバンテージを得ているわけじゃないの。奴らは小賢しい神託や継承を駆使して、何世紀もしつこく生き延びてきた、害虫のような存在。生命力だけなら十分あちらも化物ね」


 美しさすら感じる声で、目の前の魔物はネイティブを『繁殖力が高いだけが取り柄の生き物』と断じた。


「……俺をどうするつもりだ」

「言ったでしょう? ここで私の管理下に置かせてもらうわ。永遠にね」


 髪を掻き上げながら、金色の瞳を輝かせて彼女は言った。


「まあ、直接私が出てくるのは今回だけだけれど。私もそんな暇じゃないの、あとは部下が貴方を飼育するわ。……それにしても」


 淡々と報告書に書かれた内容を列挙するように話したあと、つい、と俺の顎を指でなぞりながら、メフィアスは話を続けた。


「どうして貴方程度の召喚者がアモンデルトを倒せたのかしら? 差し当たって特筆するような力は感じないし……なにか凄いスキルでも持ってるのかしら?」

「アモンデルトを、知ってるのか……!」


 そう応えた瞬間、右の手首に違和感が走った。痛みこそないものの、自分の体に異変が起こったことがすぐにわかる、気持ちの悪い衝撃だった。

 急いで目を下げると、そこには手首から先が消失した腕があった。

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