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  ◇



「結論から言うとね、あのメッセージはやっぱり翔クンの口から直接伝えたほうが良いと思うよ」


 対面する翔へそう告げると、本人はいかにも解せないという顔をしてテーブルに身を乗り出した。


「いや、だから、もうそういうことを言ってる場合じゃ――」


 抗議の声を上げようとする相手の唇を、麻奈が人指し指を当てて塞いだ。いかにも小悪魔っぽく、かつ子供のような仕草だった。


「まーまー、ちょっと聞いてよ。あのさ、実はさっき偶然マップを開いたときに、わかっちゃったんだよね」

「わかっちゃった?」

「うん、居場所が」

「居場所って、まさか」

「うん、ラビの」


 両手でピースサインを作りながら、麻奈は胸を張るような態度でそう言った。


 途端、彼から「本当か!?」という驚愕の声が放たれる。

 周りでお茶を飲んでいた他の客が、漏れなく二人に視線を投げた。ギルドに設置された二階のオープンテラス付きカフェということもあり、多少の大声は許容されるここでも、彼から放たれた声量はその限度を超えていた。本人がそれに気づき、慌てて周囲に軽く会釈して謝罪する。麻奈はそんな様子をにやにやと眺めたあと、十分にもったいぶるように間を置いてから、言葉を続けた。


「まさかウィスフェンドに囚われてたとはねー。私の苦労を返してって感じ? まあ、レベリングができたからいいんだけど」

「俺に言われてもなあ。じゃあ、これからの予定は……」

「悪いけど、いま、こっちは翔クンを救助に行ける状態じゃないよ。リズさんはウィスフェンドの体制強化に走り回ってるし、アミュレちゃんは怪我人の介護で大忙しだもん」

「アミュレが?」

「そ。あの子も相当な頑張り屋だね。ありゃ立派な僧侶になる。私が保証するよ」


 翔の奢りで出された紅茶を飲みながら、彼女は大仰にうんうんと頷いた。

 向かい合う彼はそれに曖昧な笑みで返すと、おもむろにボードを取り出して、なにやら画面をタップし始めた。


「なにやってんの?」

「連絡」


 簡素な返答に、麻奈は眉根を寄せたが、ひとまず翔が作業を終えるのを待った。彼が会話の最中に、いきなりボードをいじりだすということは、それだけ急がなければいけない用事があるということだ。短い付き合いではあるが、彼女は相手の人となりを、それなりに正確に把握する能力があった。


 ややあって、ふう、と一息つきながら翔はボードを丸テーブルの上に置いた。麻奈がその様子をまじまじと見つめると、視線に気づいた彼は、会話の途中でいきなりボードを操作し出した非礼にようやく気づいたように、慌てた様子で「ごめん」と謝罪した。

 別段気にしていなかった麻奈は、ひらひらと手を振って、笑みを浮かべながら何をしていたのかを訊いた。


「今日、あの監獄から脱出するよ」


 翔が麻奈の目を真っ直ぐに見て言い放った。嘘でも冗談でもなく、心の底から絶対にそうするのだという意思を、彼女に伝達させるように射抜かれた視線は、彼女にそれを信じさせる十分な真意さがあった。


「……いいの? 都市のなかとは言っても、マップでも黒塗りされてる場所だよ。しかも、フランキスカさんの話じゃ、中々曰く付きみたいだし」

「わかってる。でももう、うかうかしてる場合じゃない気がするんだ。すごく嫌な予感がする」

「リズさんの予想が当たるってこと?」

「リズレッドがそう言うのなら、多分な」

「はあ、疑う余地なしですか。本当にベタ惚れなんだねえ」

「な、なんだよ。こんなときに茶化すなよ!」

「いや、別にちゃかしてるわけじゃないよ。ただ、本当に好きなんだなあと思って」

「……なんだか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど」


 顔を真っ赤にして俯き、視線を逸らす翔に、麻奈はくすりと笑いながら、告げた。


「いいじゃん、人とネイティブの恋愛。私は応援するよ」


 それは確かに先ほどまで冗談めいた調子で話していた彼女の口調とは違い、ゆっくりと噛みしめるように言い放たれた、本心からの言葉のようだった。



  ◇



「いいじゃん、人とネイティブの恋愛。私は応援するよ」


 さっきまでからかうような調子で話していた麻奈が、急に大人びた口調でそんなことを言うものだから、俺は不覚にもどきりとしてしまった。

 こいつは時々このように、鋭いナイフでも突きつけるような顔で、冗談なのか本気なのかわからない言葉を放ってくる。全く、これが女性が成人するまでに備える『交渉術』なのだとしたら、このどう見てもずぼら一辺倒なだらしない女も、将来はとんでもない奴になるのかもしれない。


 俺が彼女に翻弄されている内に、ボードで連絡を取っていた相手からは続々と返信が来た。

 もちろんその相手とは、鏡花、弔花、ヴィス、エイルだ。


 本当はもっと人数を集めて手堅く行きたかったが、ウィスフェンドがそこまで切迫した状況になっているのなら話は別だ。城塞都市の住人と召喚者の確執は俺が発端のようなものなのだから。


 たとえくすぶった種火を大きく育てたのが、その守旧派とやらの仕業であろうと、俺は俺の責任をきっちりと果たしたい。でないとネイティブにもプレイヤーにも失礼だ思った。だからなるべく早く、できればリズレッドが予想する魔王軍の本陣が現れるまでに、あの監獄から抜け出したかった。

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