12
「これは?」
「お前は都市ではそれを着けてろ。エルフは希少種だ。どこでどんな目に合うかわからねえ」
どうやらエルフの特徴である長耳を、このフードで隠しておけと言いたいらしい。
リズレッドは少しだけ不服そうな顔をしたものの、おとなしくそれを着用した。
クリスタルがない手前、無用のトラブルは避けたほうが良いと判断したんだろう。俺と弔花のために謂れのない不遇を受ける彼女に、小さく詫びを入れた。
「気にするな。この炎天下の下で、丁度被り物が欲しかったところだ」
そう言って微笑むリズレッドは、出会った頃からは考えられないほど優しい瞳をしていた。
「ほれ、着いたぞ」
そうこうしていると、オズロッドが階段の終点を告げた。
彼が大きな体を逸らして、俺たちを都市へと迎え入れる格好で道を譲る。
召喚者は疲労を感じないはずなのに、妙に疲れた感じていた。おそらく脳がこの長い階段を昇ったことで、疑似的な労力を感じたせいだろう。
だがだからこそ、昇りきった達成感は大きかった。
そしてさらに、
「……すごい」
長い階段を昇りきった者にしか披露されない光景が、そこには広がっていた。
いま立ってる場所は防波堤の上のような場所で、街は少し下がったところにあった。だからこそここからは、この都市の景観が一望できた。
目の前に広がるのは南国のリゾート地と見間違うような街並みだ。濃度の濃い青空にアクセントのように浮かぶ白い雲の下で、白地の石壁で作られた建物が賑やかに乱立していた。土地が水平じゃないのか、至るところに上りや下りの坂があり、それに沿って建てられた建築物たちも頭を不均一に並べていた。まるで街全体が脈動しているような生命力を感じた。
「高潮対策で都市の外周は塀みたいになってんだ。昇ったところ悪いが、今度は少し降りるぜ」
男がそう言って、今度は階段を下り始めた。だが昇りに比べれば勾配がゆるく、距離も短い。なによりも下から吹き上がる風が心地よかった。
「驚いた……ここが船の上だとはとても思えない。規模もそうだが、街並みも想像していたのとはだいぶ違った」
さしものリズレッドも、この光景には驚かされたのか素直な感嘆の念を口にした。
「ボロボロの家と、ゴミの散らばったスラムみたいな場所を想像したか?」
「うっ、それは……」
「ふっ、誤魔化そうとしなくていい。実際、そういう場所もあるしな。ただここは居住船だ。住むところはやっぱり落ち着く景観なのが一番だ」
「居住船?」
「明確に船として分かれてるわけじゃねえけどな。ただ昔の名残でみんながそう呼んでるだけだ。ほら、あっちに賑やかな街並みが見えるだろ。あれが商業船。この船団都市で一番、人と金が動く場所だ」
「あれは? あの煙が多く昇っている建物があるところだ」
「あそこは工業船。ここで使われる武器や防具、道具を作ってる。土地柄、色んな国の技術が流れ込むからな。各国にお得意様がいる職人も多く住んでる。五年に一度しか寄らねえのに気の長い奴らだ」
「本当にここは、ひとつの都市なんだな。他には?」
「あとは聖職者が身を寄せる天恵船と、王船だな」
聖職者という言葉に、アミュレが聞き耳を立てる猫のように反応した。
「ここにも癒術の使い手が?」
「おいおい、癒術使いがいなかったらどうやって怪我や病気を治すってんだ。なんだお前、僧侶に興味があんのか?」
「興味があるというか……僧侶なんですけど、一応」
「ほう……」
男が階段を下り、ギルドへ向けて足を進めながら関心深そうに顎をしゃくった。
「それにしちゃ身のこなしが良いな。飛んだり跳ねたり、得意だろ」
「っ」
「わかるんですか?」
「ここで生活するにゃ体力が一番必要でな。運動神経がありゃ、相手がどれほどのもんかも自然とわかるようになる」
「……?」
弔花がきょとんとした顔でこちら見ていた。
現状、このパーティでアミュレの事情を知らないのは彼女だけだ。
だけどこれだけは、俺の口から簡単に出していいものではない。申し訳ないけど、いま抱いているだろう疑問は、そのまま棚上げにしてもらおう。
「ま、魔物と戦うには僧侶でも体力は必要だ。俺は良いことだと思うぜ。ただ他の奴らには悟られないほうがいいかもしれねえがな」
「? それはどういう……」
アミュレが言葉を言い終える前に、オズロッドの足がぴたりと止まった。
「ここを見たら、すぐにわかるさ」
気づけば俺たちは居住船を超えて、商業船の入り口にまで歩み進んでいた。
話に夢中になるあまり、かなりの時間歩いていたのに気づかなかったらしい。
そこは地区が異なることを明言するかのように、はっきりと世界が分かれていた。
「さあさあお立ち会い! 船団都市一の怪力男ゴリアテと、海の波のように変化自在の技を持つ男シャルナーの一騎打ちだ! 掛け金は1000Gから。さあ張った張ったァ!」
勇ましい張り声と共に、ふたりの男が睨み合っているのが見えた。
勇ましい二つなの割に特別な舞台というものはなく、第三者から見たら荒くれ同士の喧嘩に謎の司会者が添えられたような体裁だった。
しかもそれがひとつやふたつではない。商業船の至る所で、歩行者の目と耳に止まるよう、派手な看板や叫び声を掲げて己が興行に振るう人たちが数多くいた。
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