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 来るなら来いどころの話ではなかった。

 待ち構える敵に対して、籠城を放棄して早々に突っ込めというのだ。


「殺す気かよ!」

「いいから! 死にたくないんでしょう!」

「……チッ!」


 やぶれかぶれ、という気持ちでドアを蹴破り、盛大に敵の舞台へと躍り出た。

 てっきり一斉攻撃が待っていると踏んでいたのだが、そうはならなかった。考えてもみれば、敵からしてもこの行動は予想外なのだ。感知系のスキルを持っていることをパイルは知っている。無論、室内からこちらの数を察知するだろう。数的不利を自覚させた上で、さらに先ほどの宣戦布告。普通ならば残された砦だけは死守しようと閉じこもるのが普通だ。


 ガイエンにはその意図を読むことはできなかったが、ここが勝機なのだと思った。

 敵が手をこまねいているときに攻撃をゆるめないことが、勝利の鍵だ。長年の賭け闘劇のおかげで、そういった勘はよく働いた。だが続けざまに放たれたアミュレの指示は、またもや違った。


「外に出たら壁を背にして防衛体制を取ってください!」


 勇み足で前へ出ようとした足を寸前で引き止め、言われた通りに壁に背をついた。

 まるで意味がわからなかった。敵が待ち受けている外に無防備に躍り出ろと言ったり、途端、防御に徹しろと言ったり。


 そのとき、人とも獣ともつかない雄叫びを上げながら、トカゲのように変異した異形が襲い掛かった。


「うぉぉおッ!?」


 真正面からの特攻。混乱した頭で迎え撃ったガイエンだったが、それとは裏腹に綺麗なカウンターをもって魔堕ちの腹に強かな一撃を加えた。


「■■■■ッ!」


 たまらず後ろず去る魔堕ち。それが合図となって複数の敵が同時に彼へと襲い掛かったが、いずれも攻撃は空を切り、拳闘士さながらのフットワークによってお返しとばかりに拳を浴びせる。


「なんだこいつら、なんで真正面からしか来ねえ――」


 言いかけて、ようやく気付いた。

 前からしかこないのではない。来れないのだと。


 自分の背には、オズロッドの家がひとつの大きな壁となって剃り立っている。必然、敵は正面攻撃しか手はない。

 通常は三六〇度に意識を向けなければいけない戦況を、一八〇度にまで絞ったのだ。その分だけ余力を得た集中力をもってすれば、普段、全方位からの戦いを生業とするガイエンであれば、魔堕ちといえど簡単に攻撃を当てることは難しい。


 最も、それができたのも奇襲で外に飛び出したことが功を奏したからだ。

 一瞬の隙をついて、自分たちが一番有利となる位置を取る。そしてさらに、


「弔花さん、煙幕を!」


 矢継ぎ早に指示が飛んだ。

 弔花は携帯していた小瓶を腰のホルダーから取り出すと、そのまま前方へと投げた。地面と衝突してガラスの割れると、無色の気体がなかから解き放たれた。それは外気と混ざると、途端に濃厚な白濁へと変色した。海風をものともせず、まるで宙に粘りつくように展開された煙幕が、アミュレたちと魔堕ち、双方の視界を完全に遮断した。


「お、おい、これじゃなにも見えねえぞ」


 優勢だった状況が一転し、ガイエンが悲鳴を上げる。

 すかさず彼の横にアミュレと弔花がついた。そして、小声で告げる。


「前に二体います。一体はあちらに、もう一体はあちらです」


 指を指して告げる。ほどなくして濃霧の向こうからふたつの影が浮かび上がったかと思うと、人の名残を残したオオトカゲが、すさまじい勢いで這い寄り、飛びかかってきた。


「この……!」

「『アシッド・クロウ』」


 あらかじめ予測された位置からの奇襲は、もはや奇襲ではない。

 ガイエンと弔花がタイミングを合わせてそれぞれ一体ずつカウンターを加える。


「やるじゃねえかお前! ただの辛気臭い女かと思ってたぜ!」

「……」


 歯に衣を着せぬ物言いだが、弔花は別段どうでもいいとうように、目を向けずに相槌でそれに応えた。


「アミュレちゃんの……指示にしたがって」

「おうよ! 頼むぜガキンチョ!」


 ガッツポーズを取りながら吠えるガイエンに対し、アミュレは、


「感知スキルには自身があります。任せてください。……それに」


 と、そこまで告げたところで、さらにもう一体の魔堕ちが現れた。

 先ほどとは違い、完全な不意打ちだ。ガイエンも弔花も咄嗟の判断が間に合わず、迎撃の姿勢が遅れた。そこに、ナイフのように鋭い挙動のなにかが走った。


『◼◼◼◼◼◼◼◼◼ーー!?』


 攻撃の成功を確信していたのか、その予想外の結果に、相手は悲鳴を上げた。

 自分の体を切り裂く、一筋のナイフの裂傷。


「――それに、私だって戦えないわけじゃありません」


 それが、それは本人すら知るところではない。

 その異変を、この場で感覚できる者はいなかった。ガイエンは当然として弔花すらも、その違和感を感じ取るには、一緒にいた時間が少なすぎた。

 そしてなによりも、


「ふたりは……?」

「ここから離れつつありますが、まだ安全圏ではないです」

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