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 だけど、それでもまた彼女に向き合う鼓舞にはなった。


「大丈夫だ。もう、大丈夫。……すまなかった、リズレッド。こんなところで……心が折れてる場合じゃないよな」

「……いいんだ。私が揺らいだときに君はいつも助けてくれたから。……だから私も、君が揺らいだときには支える。バディとはそういうものだろう、翔?」

「リズレッド……」


 瞳を交わし合い、お互い照れ臭そうにそう言ったあと、リズレッドがふいに距離を詰めてくると、懐へ頭を埋もれさせた。

 互いの間に延びる空間はなくなり、金色の綺麗な髪が目下に広がる。感覚がないというのに、まるで彼女の体温が伝わるかのようで。……そこに、


「こういうときは、リズと呼んでくれる約束だったろう」


 いままでで一番小さな声で、彼女が胸のなかでそう告げた。

 ラビの心臓はどうなっているのかはわからないが、少なくともポッドに横たわる翔の心臓は、その瞬間に起爆物が発動したように跳ね上がった。


「リ――、」


 だが、そこに。


『……お前ら、そういう関係だったのか』


 胴間声が割って入る。

 さっきとは違った意味で心臓が跳ねて、急いで振り返る。


「っ!?」

「うわっ! さ、さっきのトロール! お前、どうしてここに!?」


 盛大に慌てふためく俺とリズレッドに溜め息をひとつ溢したあと、白髭のトロールはぽりぽりと後頭部を掻きながら言った。


『どうしてもなにも、ここは我輩の巣だ。命からがらお前たちをここまで連れてきてやったのに、家主を無視して乳繰り合うとは、最近の若いのは恥というものを知らんのか』

「ち、ちちちち、……だ、誰がそんなことをしていたっ!?」


 巨人に目を向けられて、急いで距離を離したリズレッドが呂律の回らない言葉で猛抗議を発する。


「こここ、これはバディとして当然の会話だ! 間違ってもお前が想像しているようなことに及ぼうとなんてだな……っ!」

『……そんなに初心なのに、他の女がパーティに入っているのは平気なんだな』

「……? それは、どういう意味だ?」


 一転、眉根を寄せてリズレッドは首を傾げる。

 俺もこの巨人が一体なにを言わんとしているのかわからず、同じように疑問符を頭の上に浮かべる。


『はぁ……似た者同士か。これは横にいた、あの速いのと小さいのも苦労しそうじゃの』


 もはや呆れを通り越して感心すら感じるような声音でそう告げる老トロール。

 さっきまでの敵意はどこへ行ったのか、やたらと人間臭い動作がやけに印象に付く。


『まあしかし、これで当面の方針も決まったじゃろう。外の連中が静かになるまで、しばらくここで休んでおれ。あの小さいのは癒術が使えるし、速いのに至ってはお前たちより頭が回るから心配ないだろうよ』

「速いの、って――そういえば、鏡花は」


 そこまで言われて、ようやく鏡花の姿がないことに気付く。

 てっきり他の部屋にでもいるのかと思っていたが、こいつの口ぶりから察するに……。


「すまない、ここまで逃げている途中ではぐれてしまった。君にも目覚めてすぐに伝えようとしたのだが、そんな状況ではなくて……」

「いや、さっきの俺の状態じゃ仕方ないさ。そんなこと言われたら、本当に吹っ飛んで行くところだった」

「……途中までは確かに一緒にいたはずなんだ。彼女も別段取り乱した風もなく、だから安心して前を進んでいたら……気付いたときには」

「大丈夫。そこのオッサンが言う通り、あいつは強い。きっと一人になれて清々したくらいに思ってるってるさ」

『オッサンとはなんじゃオッサンとは。貴様、目上に対する言葉遣いがなっとらんぞ。まったく、これだから近頃の若いもんは』

「正直、オッサン呼びでもだいぶ優しい言い方だったんだけど……というか魔物でもそういう風習あるんだな。これだから若いもんはって」

『それはそうじゃろう。なにせ我輩は、元人間だからの』

「ああ、そうなんだ……」


 …………ん?

 いまなにか、すごい言葉をスルーしてしまったような。


「……ごめん。もう一回言って?」

『だから、元人間だと言うておるじゃろうが。さらに詳しく言えばこの迷宮の上にある街を造ったドルイド族じゃ』


 石の椅子にどっかと腰を下ろしつつ、白髭のトロールは面倒臭そうに言う。

 俺とリズレッドが同時に互いを見やり、そして同じタイミングで声を上げる。


「「えええええ!?」」


 静かにしろ、という風に人差し指を立てて口の前に持ってくる巨人。

 いままでの妙に人間臭い言動といい、こういった日常のジェスチャーといい。これは本当に、嘘を言っている訳ではなさそうだ。


『全く、やはりふたりとも気付いてなかったか。あの速いのは、ぼんやりとだが感づいておったというのに』

「鏡花が?」

『……なにがあったかは知らんが、あいつは人の憎悪や悪心に敏感なようじゃ。生まれたときから盲目的に人を憎む魔物と、明確な意思を持って悪逆を行う者の区別が付くのじゃろうて』

「……」


 そういえば今思い出せば、こいつと戦っていたときの鏡花の様子は少しおかしかった。

 言われて知ったからかもしれないが、最初から人間と戦っているのをわかっていたような戦いぶりだった。

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