39
やがて表の湧きたちも収まり、アラナミへ冒険者が戻り始めた。
彼らは口々にオクトーのファミリーへの交戦の構えを褒め称えながら、にこにこ笑いで扉をくぐっていた。
「そろそろ騒がしくなるな。私はこれで失礼する」
フードを被りつつ主人へと告げる。
他の冒険者がいるときにはこうして耳を隠しているので、自分をエルフだと感づく者はいない。けれど時々、妙に絡んでくる輩がいるのが面倒事だった。
感知系のスキルを使用しているのかもしれないし、そういった感に鋭いだけなのかもしれない。どちらにしても希少種族のエルフを欲しがる人間など大勢いる。用心に越したことはなかった。
主人がそれを見て、頭をぽりぽりと掻いた。
彼女がどういう意図で他の冒険者を警戒しているのかは察しがついていたが、なんてことはない。彼らはただ、リズレッドをナンパしているだけなのだ。フードに隠れているだけでもわかる、その容貌に惹かれて。顔しか見ていない彼らに、その横に付いている耳が長く尖っていることなど気づくことなどない。
「じゃあ、これがさっき話して鍛治師の工房の地図だ。俺の紹介だって言えば、少しくらいはまけてくれるかもしれないぜ」
「ありがとう。資金難は目下の難題だからな、安くしてくれるなら助かる」
「……そういうや、もう一件用事があるって行ってたな。 どうして鑑定師の所へ?」
「五日前に魔堕ちからドロップしたアイテムを預けている。そろそろ復元も終わっている頃だろう。期待はしていないが、まあ、一晩分の足しにでもなれば良い」
そう言ってリズレッドはアラナミの扉をくぐり、外へと出た。
主人は帰ってきた冒険者に報酬の用意をしながら、片手を上げてそれを見送った。
リズレッドが外へ出ると、先ほどまでまばらだった人並みは戻り、とっくにいつもの賑わいを見せていた。
朝早くに換金をしにきたのに、随分長く居座っていたらしい。
隠れ処においてきたアミュレたちと、そう長く別行動するわけにもいかない。彼女は急ぎ足でまずは主人が教えてくれた鍛治師の工房へと向かった。
商業船の外れにそれは位置しており、移動には時間がかかりそうだった。
ナイトレイダーが修復できたとしても、すぐにラビの武器へと戻るわけではない。
この黒刀の真価であるINTトランスレーターは、現在ブラッディスタッフへと移している。
刀身を元に戻したあとは、今度は付与師探しだ。
だがそれでも、リズレッドは彼がこの武器に特別な思い入れを抱いていることは知っていた。ならば労を惜しまないのも師の役目だった。
――が、結果は残念なものだった。
「だめだ、俺には治せねえ」
火事場の熱気で乾ききり、ぼさぼさとなった白髪の老人が、神妙な顔をして唸った。
「……やはり、一度折れた剣を打ち直すのはそう簡単なことではないか」
「馬鹿言え。打ち直しくらいなら軽いもんよ。むしろそれで生計立ててんだこっちは」
「ふむ?」
「お前さん、こんなもんどこで手に入れたんだ? 材質から打ち方まで、なにもかも俺の見てきた剣とは違う」
「どこでと言われても……」
そこで彼女は、ナイトレイダーを手に入れたときのことを思い出した。
ブラックマーケットの近くでおこぼれに預かる蚤の市のひとりから手に入れたことを。
「……確かに、出どころ不明と言っても過言ではないな」
よくよく考えれば、鞘に封印が仕込まれていた剣など、一介の蚤屋が仕入れられる物なのだろうか。
あの時は彼女自身が大変な精神状態にあり、その後もラビとの旅のなかで、それに疑問を抱く時間すらなかった。だが改めて考えてもみれば、確かに妙ではあった。
「とにかく、俺の手に余る代物だ。他を当たってくんな」
こうしてリズレッドの遠出は、ナイトレイダーの異質さを再確認するという意味では有効だったが、特にこれといった成果を残せず終わることとなった。
この船旅が終われば、あとは灰色の聖地にて神樹を目指すのみだ。腕の立つ鍛冶師になど出会える確率は低い。
主人から受け取った剣を腰に下げて、
「では、あとは特に期待もできないドロップアイテムの回収に行くとするか」
リズレッドは落胆の色を見せながらそう告げた。
日はすでに落ちかけており、夕焼けに染まった赤い空は、次第に夜の黒へと塗りかられつつあった。
そして彼女はその日、約束の時間になっても、オズロッドの家に帰ることはなかった。
◇
「リズレッドが帰ってこない?」
俺がオズロッドの家にログインしたとき、部屋はもぬけの殻だった。
家主の計らいで俺とリズレッドは同室で生活をしていた。外を見ればすでに空は夜の闇が夕焼けを飲み込みつつあった。
炎のように燃え上がる天窮が、熱を持たぬ漆黒へと塗りつぶされていく。
「はい……今朝、モンスターを狩った報奨金を受け取りにいくといったきり、そのままで」
「他に用事があったとか?」
「なにも……言ってなかった……」
弔花がうつむきながら告げた。
見ればアイリスが彼女の腕にしがみつきながら、不安げな瞳をこちらに向けていた。
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