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「リズレッド……どこかに行っちゃったの?」


 もしかしたら自分のせいだろうか、という言葉が言外に溢れていた。

 アイリスがリズレッドと上手くいってないのは知ってたけど、さすがにそれが原因とは考えられない。


「大丈夫、アイリスのせいじゃないよ。それにリズレッドは強くて冷静だ。絶対に大丈夫だよ」

「うん……」

「ですが、なにも言わずにこの時間まで外出するのはやはり妙です」

「そうだな……それじゃあ、俺はひとまずアラナミに行ってみる。主人ならなにか知ってるかも――」


 そこまで言いかけたとき、外から大きな爆発音が聞こえた。

 近くでの爆発じゃないけど、規模も決して小さくない。空気の振動と衝撃が、それを雄弁に物語っていた。


「なんだ!?」

「港のほうからだ!」


 オズロッドが窓に手をかけながら叫び声を上げた。

 慌てて同じ方向を見ると、濛々と立ち上る黒煙と、その根元で赫々と燃え上がる炎が見えた。


 その火炎も見たとき、背筋を嫌な汗が伝った。

 あれほどの大火災を起こせるとしたら、それなりの量の火薬が必要だ。もしくは――。


「少し様子を見てくる!」


 気づけばそう告げて、外へと飛び出していた。

 アミュレの静止の声が後ろから聞こえたけど、正体不明の不安に駆られ、そのまま『疾風迅雷』を使って港へと驀進した。


 別に、なにもないならそれでいいんだ。

 ただ様子を見るだけだ。ただ様子を見るだけなら、速度強化を使える俺が単独で動くのが理に叶っている。


 自分勝手な理論を組み立てているのは理解していた。

 なぜあの炎を見て、こんなにも焦燥しているのかも。


 だから急がなくちゃいけなかった。

 なにもかも手遅れになる前に。



  ◇



「あーもう! 全部無茶苦茶です!」


 飛び出したラビの後ろ姿が一瞬で彼方へ消えるのを見て、アミュレが声を上げた。


「目立った行動は禁止って言ったじゃないですか! なのにリズさんもラビさんも勝手すぎます!」


 頭をかかえて、どんな難題よりも解き難い問題に直面したように顔をしかめる。

 こういう状況で一番冷静さを保てるのはアミュレだった。少なくとも、これまでは。


 だが行動を抑制しなければパーティ分離の危険があるなかで、こうも単独行動を取られるとは思いもしていなかったのだ。


 冷静さとは二種類あった。どんな場合も想定し、なにが起ころうと計算の内に含めて行動するがゆえの冷静さと、年の功からなる経験と肝いりの冷静さの二種類が。

 アミュレは言わずもがな前者だった。霊都で培った知識を骨格として、状況に合わせた最適なプランを練る。それが強さの根幹だった。

 けれどいまは、前線で戦うべきふたりが、そろって最適とは言い難い行動を取っていた。


 結果、アミュレは年相応の子供のように、ただ場に流されて困惑することしかできなくなっていた。

 いつもとは全く違う様子を見せる彼女に、アイリスが震えながら言った。


「私が来たから……? 私がいるから、こんなことになったの……?」


 この赤瞳を見た人間たちが、みな恐怖で引きつりながら言った言葉だった。

『不幸の象徴』や『疫病神』と。


 オズロッドは、ただその状況を静観するしかできなかった。

 絵に描いたような困窮の場面だった。


 そこへ、なにかがふわりと宙をなびいた。

 長い黒髪が、夜こそ自分の居場所なのだと主張するように、闇すら引き立て役として艶やかに光った。


「……大丈夫……落ち着いて……ふたりとも……」


 屈み込んだ状態の弔花が、硬直したアミュレとアイリスを抱き込む。

 花と薬品の混ざり合った匂いが、不思議と気持ちを落ち着かせた。


「誰かから暴力を受けたとき……一番やっちゃいけないのは……心を閉ざすこと……考えを放棄しちゃだめ……」


 少し強めに自分の胸へふたりを抱き込みながら、ゆっくりとあやすように告げた。

 アイリスの震えが止まり、アミュレの動悸が治まるまで、彼女は黙ってそれを続けた。


「アイリス……あなたはこの状況を招くようなことを……なにかした……?」

「……してない。なにもしてない」

「じゃあ……あなたは悪くない」


 アイリスがその言葉を聞いて、ぽろぽろと涙をこぼした。

『あなたは悪くない』――それは、このいっときだけではなく、魔堕ちとなってからずっと、誰かに告げてほしい言葉だった。


 対してアミュレには、


「ここから……どう行動するのが良いと思う?」


 問いかけるというよりも、意見を促すような調子で告げた。

 抱擁により冷静さを取り戻したアミュレが、その言葉ではっとなり、恥ずかしがるように目を伏せた。

 自分がいま、どれだけ動揺したいたのかを自覚して顔が熱くなった。

 彼女の言う通り、状況が最悪に転がるのなら、それを土台に次の手を考えれば良いだけの話だった。


「そうですね、まずはラビさんを単独行動させるのは、絶対に不味いです。ファミリーと敵対して、リズレッドさんが失踪して。そのタイミングでこの爆発は、私たちをおびき寄せる罠の可能性が高いです」

「いま避けるべき……最悪の結果は?」

「もちろんラビさんの死亡によるパーティの分離です。あの方がいなくちゃ、灰色の聖地にたどり着いても意味がありません」

「……わかった」

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