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 そう言って弔花は頷くと、そのまま立ち上がってふたりに目を配らせた。

 アミュレもアイリスも、ぽかんとなって彼女を見上げた。

 ふたりの視線を浴びながら、次に弔花は窓の外に目を向けて、言った。


「私が追いかける……ふたりはここに残って」


 唐突な申し出に、アミュレが目を丸くした。

 そしてそのあと、なにやら考え込んだあと、


「……弔花さんだって、私たちの仲間のひとりなんですよ」


 と告げた。

 弔花の一言だけで、彼女の思惑を読み取ったのだ。


 ラビをひとりにできないのなら、当然、誰かが合流すべきだった。

 問題は、誰が行くかと、その人数だった。


 彼はまだ混乱の最中にいるだろう。それを沈めて、冷静にこの自体に対処する地盤を固められるのは、いまアミュレたちの混乱を沈めた弔花が一番の適任だ。


 そして人数は――弔花ひとりというのも、理にかなっている。

 そもそもここに残っているのは全員が後衛であり、頭数を揃えて移動しているところを不意打ちされれば、それこそ今後のパーティの運営に大きな被害が及ぶ。


 そしてなによりも、彼女は死んでも生き返れる。

 たとえ船団都市から遠く離れた場所で復活し、分断を余儀無くされたとしても、命が終わるわけではない。

 リーダーのために誰かが危険を犯さなくてはいけないのなら、適任は彼女しかいなかった。


 けれどそれは、非情な選択だということもアミュレは理解していた。

 場を解決に導く人間を選出したというよりも、なにかがあったときに一番被害の少ない者が選別されたという側面が大きかった。

 だからこそ弔花を仲間と改めて呼んだ。自分はそんな作戦に同意できないと示すように。


「ありがとう……大丈夫。誰かがやらなくちゃいけないことなら……私がやりたいってだけだから。……でも、もし私が帰ってこなかったら……そのときは……ラビをお願い」


 そう言って弔花は戸を開け放ち、外へと姿を消した。


「……あの炎が上がった位置……あそこは確か……」


 残されたふたりを尻目に、オズロッドは窓から、火炎に飲まれる港を見ながら低く呟いた。



  ◇



 焦慮する船団都市の住人たちの声が、駆ける道中でひっきりなしにひしめいていた。

 居住船は港からは離れており、火がこちらまで及ぶ可能性は少ない。

 けれど彼らにとって、港は生命を繋ぐ大切な場所だった。海へ出られなければ、それだけ都市へ出回る食料が減る。食料が減れば、それを奪い合う争いが生まれる。

 負の連鎖は続き、その結果が大きな不幸になることだってある。

 この都市の住人は、それをよくわかっていた。そして豊漁祭という祭事の前にこんな事件が起こることに対して、なにかの前触れなのではと恐れる人たちもいた。


「おい、火だ! 結構でけえぞ、クソ」

「あそこには俺の船があるんだ。なんでこんなことに」

「どこに逃げりゃいんだ、どこに」


 あれだけ昼間は屈強に相手と拳を交わせていた男たちでさえ、頭をかかえて喘いでいた。

 どこにも逃げ場なんてなかった。彼らだけじゃない。俺たちもまた、この島のように大きな船に乗った、大海原の迷い子だった。

 ここが焼け落ちるなんてことがあれば、暗い海底の底になにもかもが引きずり込まれる。


「ラビじゃねえか。お前、どこに行く気だ」


 人だかりのなかを、いままさに立ち上がる火柱へ向かって疾走する俺に、誰かが声を放った。

 どこかで聞いたような声に思わず立ち止まる。


「ええと……あなたは……」

「おいおい、忘れちまったのかよ。アラナミでお前に一発かまされた、豪腕のガイエンだ」


 そう言って腕をまくり、これが自分の象徴だというように力こぶを作った。

 ああ、そうだ。俺たちがここに来て初日にアラナミで勝負した冒険者のひとりだ。


「お前、まさかあそこへ向かおうってつもりじゃねえだろうな。あそこは危険だぜ、やめとけ」

「それは承知の上です。火には多少心得がありますから、なんとかなりますよ」

「違えよ。火が問題じゃない。……あそこはな、クラッカーファミリーの拠点がある港なんだ」

「え?」

「名目上は倉庫って言い張ってるが、実際のところは要塞だ。街じゃ人目があってできない仕事も、あそこなら容易にできるからな。だからよっぽどのことがねえ限り、誰も近づこうとしない港なのさ」

「じゃあ、この騒動は」

「あいつらがなにかしでかしたに決まってるぜ。奴ら、ついにこの都市を落としにきやがったんだ。金はたんまりあるからな。おおよそ、どっかの貴族に金を渡して、陸地に住む権利を得たんだろうぜ。俺たちから吸い尽くすだけ吸い尽くして、用がなくなりゃ捨てるってわけだ」

「……」

「だからラビ、お前らは……船団都市――罪人の子じゃねえお前らは、とっととここを離れて……」

「火は必ず止めます」

「あん?」

「ジャスたちが本当にここを落とそうとしてるなら、全力で止める。俺たちだって目的のためにこの船に乗り込んで、次に進むにはここが必要なんだ」

「死ぬかもしれねえぞ?」

「大丈夫、生き返りますから」


 そう言うと、ガイエンが肩をすくめてお手上げのポーズを取った。


「死ぬんじゃねえぞ。俺はまだ、お前へのリベンジを忘れたわけじゃねえんだ」

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