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そこから声は発せられていて。
だから俺は、無心で手を伸ばした。
スクリーンに指が触れた瞬間、意識が向こう側へ送られるのがわかった。
視界が純白に染まり、そしてやがて、おぼろげに何かの像を結び始めた。
「頼む……! 頼むから、いかないでくれ、ショウ!!」
完全に覚醒した俺の目に最初に飛び込んできたのは、なんだかとても懐かしい、最愛の人の顔だった。
月光を編み上げたような金色の髪はところどころほつれ、宝石のような碧い瞳からは、大粒の涙が止まることなく溢れていた。
「リズレッドさん、どうですか!? 間に合ったんですか……!?」
「わからない……返事がないんだ、返事が……!」
ほぼ悲鳴に近い声音だった。
肩をがたがたと震わせて、憔悴と絶望になんとか争うように、リズレッドは懸命に俺へ呼びかけてくれていた。
「た……だい、……ま……」
それになんとか返事をしようと声帯を震わせた。
さっきまでの後遺症なのか、まるで自分の体ではないように操作がきかず、途切れ途切れの言葉となってしまった。
だがそれでも、無事に彼女の耳には届いたらしい。
涙で濡れた瞳が一層大きく見開かれた。
どうして俺がここへ戻ってこれたのか。
その理由を唇に残る微かな人のぬくもりが、語られずとも示してくれていた。
そのまま覆い被さり、抱きつかんばかりの感情をあらわにしたリズレッドだったが、それを強烈な衝撃音が打ち消した。
『お主ら、とっとと後方へ避難せんか!』
叫びを上げたのは白爺だった。
まだ目がぼやけて、耳鳴りのようなノイズが走っているが、あの巨体と胴間声は他に間違えたりはしない。
「オイオイオイ、英雄サマがなんてザマだよ!」
そしてそれに相対するのも、間違えたりなど決してしない――レオナスだ。
白爺とレオナスが戦っていた。
俺と、俺を介抱するリズレッドの盾になるように前へと出て、暴走状態の俺を完封したあの男の猛攻に耐え忍んでいた。
「すみません、私の魔力量がもっと多ければ……」
そう悔しげに語るのは、気づけば隣にいたアミュレだ。
もとから重症だった上に、いまは目の下に薄く隈を作りながらヒールの詠唱に入っている。
「あの男と戦闘しているラビに、癒術をかけ続けていたんだ。アミュレがいなかったら、君はとっくに死んでいた」
リズレッドが告げる。
そこでようやく俺はようやく気づいた。暴走により自我が崩壊する、あの暗闇の世界で見ていた己の戦い様。なぜ動けているのか不思議だった損傷具合。
そうか……アミュレが、ずっと回復を施してくれていたんだ。
風前の灯火となった命を救うために、何度も何度も。
――だけど、それを俺は。
ぎり、と奥歯を噛んだ。
俺はそんな彼女の気持ちを、さらに自分を傷つけることで無下にしてしまった。
癒しても癒しても、無謀に前へ出て消耗し尽くしてしまった。
それは彼女にとって、どれだけ恐怖だっただろう。
自分が癒さなければ死んでしまい、癒したらさらに死ににいってしまう。
友人の死をきっかけに僧侶を志したアミュレには、それは絶望の時間だっただろう。
そして挙句の果てには、そのせいでこうして俺たちを守ってくれている白爺に、満足に支援を送れなくなってしまっていた。
頑強なトロールの体を持つ白爺とはいえ、いまのレオナスは埒外の化物だ。決定打がなく、身を呈して壁となるのが精一杯という状況だった。
レオナスの徒手空拳が振るわれるたびに、唸りとともに後方の俺たちに雫がかかった。
白爺の赤い血だ。いや、血だけじゃない。よく見れば剥げた肉の破片すら、周囲には散見された。
『ゥ……グう……ッ』
「ハハハ! 結構粘るじゃねえか失敗作! このまま殺すのは惜しい。お前もミノタウロスと同じように、喰らい尽くしてやるよ」
楽しげにレオナスは言った。
命をかけて防壁となってくれている白爺を、ただの経験値にすると。
リズレッドが覚悟を決めたように唇を結んだ。
「アミュレ、ラビを頼む」
「え?」
「元はと言えば、こうなったのは私の責任だ。白剣の継承者でありながら、儀式をあいつに奪われてしまった……。だからその償いは、私が取るべきだ」
「そんな……。まだラビさんの容態だって決して安定しているわけでは……」
「だからこそいま必要なのは、癒術が使える君なんだ。ラビはもう自我を取り戻している。あとは身体的な問題だけだ。それは私にはどうすることもできないからな」
少し悔しそうに笑いながら、自分の膝の上で横たわる俺を見下げる。
その瞳が語っていた。もしかしたら――これが最後のときになるかもしれないと。
心臓が跳ねた。
彼女は死を覚悟していた。
いくらレベルが56で白剣の使い手とはいえ、いまのレオナスは未知数の力を秘めていた。
下手に刺激すればどう爆発するかわからない。そんな類の脅威だ。
そして彼女がもし屈することがあるとすれば――あいつにどんな仕打ちを受けるかは、想像するまでもなかった。
「だめです! リズレッドさんだって相当消耗してるんです。なにがあったのか知りませんが、いまの状態でまともに戦えるとは思えません」
アミュレが悲鳴を上げた。
彼女の目が、明らかになにか特定のものへ視線を向けている。
俺はぼやけた視界の焦点をなんとか合わせて、その少女の瞳が向けらた先を見た。
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