07

『わかった。じゃあ、そうだな……三日後なんてどうだ?』

『その日なら十三時から時間が空いてますわ。一時間ほどしか取れませんが、私たちの戦いならそれくらいあれば十分でしょう』

『オーケー。じゃあ三日後の十三時から、場所はリムルガンドで。あそこならある程度暴れても、誰にも迷惑はかからないだろ』

『承知しましたわ。……ふふ』

『……? 何だよ?』

『いえ、だって……楽しみなんですもの。あなたを地に着かせる日が、ついに来るのかと思うと』

『……言っておくけど、一方的に攻撃されるわけじゃないからな。俺だって少しは腕に自身があるんだ。吠え面かいたって知らないぜ?』

『あら、なかなかそそる言葉ですこと。まさか監獄で見せた剣技が私の全てだとでも? ……いえ、ここで逸っても仕方ないですわね。それでは三日後、良い殺し合いをいたしましょう。……この勝負如何によっては、先ほど提案された迷宮攻略に加わることを考えますわ』


 メッセージのやりとりはそれで終わった。字面だけ見ているとどれだけ険悪な仲なんだという感じだが、これが彼女の人柄なのだから仕方がない。それよりも最後に放った言葉が、この胃を痛くするような舌戦の最大の功労だった。


 つまり彼女はこう言ったのだ――自分に勝てたら、俺のパーティに加わると。


 心臓がどくんと鼓動を上げた。

 正直、トリガーを封じた状態で勝てる相手かどうか――それはやってみないとわからなかった。レベルは俺のほうが上だが、その身に秘めた戦闘センスは彼女の方が上だ。数々のクランを弔花とたったふたりで壊滅させていることからも、それはわかる。だからこそ鏡花は『血濡れの姉妹』と呼ばれ、彼女もそれを名乗ることに憚らないのだ。


 ――だけど、


「血濡れの姉妹が俺のパーティに、か」


 やはりこういう場面は、どんなに勝算が不透明でも胸が高鳴る。強敵と刃を交え、戦いの果てに肩を並べる。そんな展開、誰もが夢想したことが一度はあるだろう。


 だが、その高鳴りもすぐに消える。

 三日後――それが、俺と鏡花の戦いの日。手加減なんてできないし、そんなことをすれば彼女の逆鱗に触れ、加入の話を無に帰しかねない。ベッドに仰向けに横たわりながら、なにかを掴むように虚空に手を伸ばして拳を握り込んだ。


 何故だかはわからないが、彼女との戦いは―――胸を駆り立てるなにかがあった。躍動に湧くという格好良いものではなく、出どころ不明の漠然とした不安が募る。俺は彼女と、アバターではあるがラビと鏡花というひとりの人間の存在を懸けた戦いを共にしたが、考えても見れば現実世界での彼女の名前や境遇も、なにも知らない。かすかに仄めかされる情報の断片から、かなりの良家の人なんだろうなというのがわかる程度だ。


 夢想を実現したいわけではないけど、戦いを通して彼女との親交がさらに深まることを願うばかりだった。


「――絶対、勝たなくちゃな」


 俺はひとりきりの部屋でそう独り言ちたあと、支度を済ませてギルドへと向かった。

 リズレッドとアミュレにもこの事を伝えなければならない。だが目下のところ、戦闘狂の彼女をどうオブラートに包んでふたりに説明するか、それがいまの俺に課せられた最大の難問だった。



  ◇



 ――一方、その頃都内某所の大邸宅の一室で、咲良東洋電機の第一子女である咲良京華はデスクに広げた問題集の山々を尻目に、今しがた送られてきたラビからのメッセージに不敵な笑みを浮かべてながら、ボードの画面に表示される彼の言葉を愛おしそうに撫でていた。


 咲良京華――ALA内でのアバター名は鏡花。

 二〇二〇年に創業し、たった二六年という歳月で日本のハードウェア・ソフトウェア産業において知らぬ者がいないほどの高名を上げた咲良東洋電機の第一子女。

 彼女がALAを始めたきっかけも、ギルドに設置しているポッドの筐体を、自社が設計、開発しているからという理由だった。


 創業の後に生まれた彼女とて、その人生は会社の歴史とほぼ重なる。そこには栄誉輝く光もあれば――目を覆いたくなるほどの闇もあった。そして――だからこそ、彼女は他人を傷付けることに、異様な興味を示すようになった。


 ラビとの会話を終えた直後、ドアがノックされる音とともに、妹の蝶華の声が廊下から響く。


「お姉ちゃん……いる……?」

「扉は開いているわ。勝手に入ってきていいわよ」


 そう告げると、静かに戸が開き、物音ひとつ立てずに部屋へと入ってくる妹が現れた。片手に百合の花が描かれたトレイを持ち、その上には白磁のふたつのティーカップと、円柱型のポッドがひとつ置かれていた。


「あら、お茶を淹れてくれたの? 言ってくれれば戸を開けたのに」

「ううん……大丈夫……」


 器用に片手でトレイを水平に保ちながらドアノブを押して入ってくる彼女は、いつものように静かな、そしてゆったりとした口調で応えた。

 髪は二人とも父親の言いつけで染めることはせず、夜闇を溶かし込んだような艶めきある黒色。丹念に櫛で梳いて後ろでひとつに結っている京華とは対照的に、蝶華は癖がある上にろくに手入れもしていないため、やたらとボリュームの出た髪をそのまま腰まで伸ばしている。だが、それでも髪質の良さから不快感を感じさせることはなかった。

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