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「二匹いたのか!」
「あの場所は……不味い! そういうことか、魔王!」
俺とリズレッドが同時に呻いた。彼女の言葉の意味を察しきれず、疑問符が浮かぶ。「それはどういう……」と、質問を投げようとしたところに、ロックイーターの追撃がきた。
ひとまずここは、こいつをなんとかするのが先決のようだ。二体目のロックイーターはここから離れた――先ほど俺がクリスタルに祈りを捧げた場所付近――に出現していた。
「……これは、早急に勝負を決める必要があるな」
リズレッドはそう言うと、白皙の剣に炎が宿った。あれは灼炎剣。自らの剣に炎属性を付与し、炎熱ダメージを加えるバフスキルだ。エルダー城でドラウグルに見せた武技であり、俺も継承しているだ。だがその威力は、比べるべくもないほど強大だ。
赤く燃え上がった剣を掲げ、竜蟲へと駆けるリズレッド。殺気を捉えた奴は標的を俺から彼女へと変えると、口を大きく開き、それ自体が岩のように大きく硬い臼歯をむき出しにすると、そのまますり潰さんと迫った。
「はァッ!」
直撃の瞬間、彼女は上空へ飛んだ。赫月姫となった彼女は素早さが大幅にアップしている。細い体から繰り出される驚異の膂力が、空を飛行するかの如き跳躍を可能としていた。噛み砕く直前に回避されたロックイーターにとっては、まるで忽然と消えたようにすら映っただろう。
目標を見失い、一瞬の硬直が生まれた。その隙を突いてリズレッドは奴の体の上に飛び乗ると、そのまま幾重にも刃を煌めかせながら走り抜けた。赤い斬撃が、同じく赤黒い鱗に覆われた奴の外皮をいとも簡単に斬り裂いていく。赤く発光するレーザーブレードのようだった。切断というより溶断に近い攻撃が、次々と鱗は融解させ、肉を灼き斬った。
『ギャアァァァァアアアアアアアアアア!!』
たまらず叫び声を上げる竜蟲。
「どうした、悪夢と恐れられたお前の力はその程度か」
リズレッドが吐き捨てるように言った。敵との実力の差は歴然だった。これが彼女の真の力なのだと理解して、こちらまで粟立つ思いだった。エルダー神国の副騎士団長を勤め、武勲を上げた彼女の実力を、俺は侮っていた。
アモンデルトに圧倒されていたのは、単に敵が強すぎたのだ。事実、ドラウグルを相手取った際は、心の揺さぶりさえなければ勝利を得ていただろう。そしてロックイーターに至っては、そのドラウグルよりもレベルは下のように感じられた。おそらくレベル40台といったところだろう。俺と同じく異級職となった彼女に、もはや城塞都市の悪夢は為す術もないようだった。
だが何故だか不安が拭えなかった。言いようのない漠然とした焦燥感が胸を満たし、圧倒しているはずの状況だというのに、心臓が早鐘を打つのを止めることができなかった。そしてほどなくして、それはきた。
『ギゥ……ア……アグ……アアアアアア』
ロックイーターの動きが突然散漫になり、次いで呻き声を上げた。身をよじり、苦しげにのたうち始める。リズレッドの攻撃によるものではなく、もっと内部からの激痛に耐えているようだった。
「様子がおかしい……?」
「……ああ。だが、動きの止まったいまがチャンスだ」
リズレッドはそう言うと、赤く灼熱した剣を片手で振ると、そのまま突撃した。確かに奴のHPは残り少ないことは明らかで、この隙を突けば勝てる見込みは十分にあった。だが俺は、その目算とは正反対の行動を取っていた。突進する彼女を脇から押さえつけると、そのまま跳ねるようにして横へ飛んだ。
「ラビ、何を――!?」
戸惑う彼女の声を、白い光が遮った。高音を上げて一直線に伸びる光線とでも言うべきものが、ロックイーターの額から放たれたのだ。咄嗟に飛び退かなければ、おそらくリズレッドは攻撃をまともに受けていただろう。驚愕の顔を浮かべる彼女。俺は全身が戦慄で震えるのを感覚した。違ったのだ、悪夢は――真のロックイーターは、これから生まれるのだ。
放たれた光線でひび割れた皮膚を起点として、次々とほころびが走った。まるで重たい鎧を脱ぎ去るように、虫が成体へ変化するために脱皮するように、竜蟲は硬い鱗で纏った外皮を剥がしていく。
その様子を俺たちは警戒して立ち尽くすことしかできなかった。先ほどのような超速の攻撃がきては、今度こそ避けられ自身がない。この距離を縮めるのは、予測できない動きをする奴を前にして、あまりに危険だった。
そしてついに、奴の中から中身が現れた。
『……あハァ……やっと……出られた……』
腹の底から昏い感情を湧き上がらせるような声音だった。先ほどまでおぞましい人間の悲鳴じみた鳴き声を上げていたものが、強い粘性を感じる口調で話し始めたのだ。
『オレを斬り刻んだ礼は……させてもらう……』
そう告げて、ゆっくりと脱ぎ捨てた殻から立ち上がる異形。面持ちは先ほどまでの面影を残していた。裂けるような大きく横に伸びた口と、瞳のない相貌。だがミミズのようだった体は大きくその形態を変え、しなやかな四肢と、巨体を支えるだけの十分な筋量を思わせる逞しい肉体。体色は脱皮直後のセミを思わせる緑色。目のない裸の口裂け男とでも形容すべき姿形だった。
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