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《リムルガンド荒野》


 アドの工房を出た俺とアミュレは、ウィスフェンドから北にある《リムガンド荒野》へ来ていた。と言っても、いきなり《ロックイーター》へ挑もうという訳ではない。新たに加わったアミュレとのコンビネーションを確かめるためだ。フィールドへ出る前に一度宿に寄ったのだが、やはりリズレッドは依然として戻っておらず、仕方がないのでここで訓練を行う旨を記した手紙だけを置いてきた。通行証がなければウィスフェンドには入れず、その通行証は現在俺が持っているので、まだ街にいることだけは確かである。であれば無策にウィスフェンドを駆け回るより、彼女の帰りを待つ方が確実に再会できる。


 昨日の事情は道すがらアミュレにも話した。すると自分も是非手伝いたいと申し出てきて、危険だからと何度断っても執拗に食い下がられた。だがリズレッドの助力を拒んでおきながら、アミュレにそれを頼めるわけがない。頑なに拒否をすると、彼女は肩をすくめながら、


「なんでそんなに危険から遠ざけたがるんですか?」


 と訊いてきた。


「なんでって……そりゃそうだろ。仲間は大切にしないと」

「でもそれで結局、リズレッドさんと喧嘩したんですよね?」

「うっ……それは……そうなんだけど……」

「……はあ、お二人ともまじめすぎるんですよ」


 呆れた目で宣告される。我ながら子供にまで注意を受けるとは情けない気持ちで一杯である。そしてとばっちりを受けたリズレッドにも、心の中で謝罪した。……まじめってネガティブに取られがちだよなあ……不当だ。


 だが俺だって、いつまでも意固地になっている訳ではない。昨日は全ての助力を不躾に断ってしまったが、一晩経って頭も冷え、こうしてアドとアミュレから注意まで受けたのだ。帰ったらきちんと謝り、助力を申し出るつもりだ。勿論バッハルード支部長の出した条件である『他者との共闘不可』を破るつもりはないので、後方からのアドバイス程度に留まるとは思うが、彼女が後ろにいてくれる安心感は大きい。そのことを横にいる少女に告げると、


「じゃあ私も参加していいじゃないですかっ!」


 と、おやつコーナーでおやつをねだる子供のようにごねられた。


「いや、さっき話したように支部長が出した条件は……」

「……パーティ申請を出しているメンバーとの共闘不可、ですよね?」


 アミュレがにやりと笑った。それに対して思わず「あ」と言葉を発してしまう。彼女の意図していることが伝わったのだ。

 支部長は書面で正式にパーティメンバーとして提出した相手との共闘は禁止したが、それ以外は禁止していない。アミュレとは先ほど個人間でパーティを組んだばかりなので、無論、書面上のリストに名は記されておらず、今回提示された条件を反故することにはならない。……ならないが……。


「……でも、さすがにそれはグレーゾーンだろ?」


 支部長にバレたらさすがに永久追放されかねないと思い、苦い笑みが浮かぶ。だがアミュレは気軽に「そうでしょうか?」と首を傾げるだけだった。


「……では、もし《ロックイーター》にラビさんが殺されそうになっても、私は癒術を使ってはいけないんですか? ヒーラーとして私を認めてくれたのは、ラビさんじゃないですか?」

「うぐ……そ、それはそうだけど、相手は本当に危険で……」

「……はあ。なんだか昨日リズレッドさんが怒った気持ちも、わかる気がしますね」

「ううっ」

「いいですかラビさん、パーティを組むということは、この人と命を賭けあっても良いという覚悟を持つということなんです。そりゃ金銭で繋がった野良パーティなら話しは別ですが、お二人は違いますよね?」

「……まあ、そうだな……野良パーティよりは、お互い信用していると思うぞ、流石に」

「じゃあそこまでの覚悟をしているのに、相手から『今回は危険だから戦闘に参加するな、俺は死ぬかもしれないけどな』なんて言われたら、どう思いますか?」

「……ふざけんな、かな」


 俺がそう言うと、アミュレはにっこりと笑いながら「私も同意見です」と返してきた。笑ってはいるが、心の底に憤りを押し込めているのが如実にわかり、それが表にも漏れている。その威容と……そして信頼に、思わず後ろずさりながらも、両手を合わせて謝罪した。


「……ごめんなさい、手伝ってください」

「はい、手伝います!」


 胸を張ってそう言い切る少女。先ほどまでパーティに加えてもらえないかと逡巡とした態度であったというのに、今はまるで立場が逆になり、どちらがリーダーかわからない状態である。


 しかし俺は今回の一件で、また彼女たちとの常識感の違いを勉強することができた。


 命に対する価値観が違うのだ。


 法で守られた国家という安全圏で生きてきた俺たちとは、決定的なまでにそれが食い違う。ネイティブは自己の命を、自分が信じるものの為ならいくらでも賭けるという意識が備わっているのだ。

 それがデータ上の存在であることが起因しているのか、果てしない魔物との攻防で身についたなのかはわからないが、少なくともリアルの俺たちより保守的な考えはしていない。それだけはわかった。


 ……だからこそ今ならわかる。誰かを守るために騎士になり、それに命を賭けてきたリズレッドにとって、昨日、良かれと思い放った言葉が、どれだけ侮辱めいていたかを。


「……こりゃ、今晩は全力土下座だな」


 頭を掻きながら、誰にともなく呟く。俺はひとまず目についたクリスタルで拠点を再設定したあと、気分を切り替えてアミュレとともに《ロックイーター》討伐のための訓練を開始した。

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