5
「お久しぶりです、ラビ殿」
ほどなくして港についた俺たちを最初に迎えいれてくれたのは、待ち合わせをしていた彼女ではなく、ウィスフェンドで顔見知りとなったとある人物だった。
彼はあの街のカフェでお茶をしたときと同じく、穏やかな様子で微笑みかけてくれた。
「おはようございますアステリオスさん。すみません、こんな朝早くに」
礼をしつつ、俺は船までの道先案内人としてフランキスカが使わしたアステリオスに挨拶をした。
横にいるリズレッドがアミュレにとっては初対面の彼は、俺が鏡花と決闘をする直前に、戦いの心構えを説いてくれた人だ。
意思の力が、望んだ未来を引き寄せる。
結果、鏡花とはいまでも連絡を取り合うような仲になれたのだから、この人はまさしく恩人だった。
船への乗船には、それをとり持つ仲介人が必要だった。
滅多なことでは乗船が許可されない船だ。直接、顔を合わせて最後の承諾を得る必要があるらしい。
まさか彼がその役目を買って出てくれるとは思わず、名前を聞いたときには驚いたけれど、
「いえいえ。仕事柄、こういうことでもなければ外に出る機会などありませんし、良い羽伸ばしです」
手を振りながら、困ったようにはにかむ彼を見ると、そんな気持ちもどこかへと薄れた。
背丈は俺より高いし、年も随分上だと思うんだけど、この腰の低さと柔和さがなんとも人を和ませてくれる。
警戒心の強い船員の心を解きほぐすには、確かに打って付けの人物なのかもしれない。
きっとこの人は、
誰かを侮辱することもなく、妬むこともなく、ただあるがままの自分でいる。
年下の時分として、とても見習うべき人だ。
ウィスフェンドを経つまでに何度か再びお茶に同席したことがあるが、果たしてこんな人を傷つけたこともないような人が、兵士としてやっていけているのかと毎度不安になる。
彼がどういう経緯で兵士という職に就いたのか。人の過去を詮索する趣味はないけれど、こればかりはいつか教えて欲しいと思う。
「でも、船団なんてどこにあるんですか?」
全員が軽い挨拶を済ませたあと、そう問いかけたのはアミュレだった。
確かにこの港には、朝早いというのに多くの船が行き来しているけど、話に聞くような船団はどこにも見当たらなかった。
「ここから沖に数キロほど進んだところです。あまりにも巨大なもので、港に直接着けることができないのが彼らの悩みでして。ほら、いま多く行き来している船は、全て船団から運び出されている貿易品を積んだ小舟です」
「小舟って……あの、普通サイズの船に見えるんですけど」
「これでもまだまだ小さいほうです。本体は、それはもう大きなものですよ。ほら」
そう言ってアステリオスは海へ振り向くと、一点を指差して視線を促した。
そちら振り向き、思わず目を疑った。
港ばかりに集中していたから、海の先にまで目がいっていなかったのだ。
指さされた先、水平線の彼方には、大気に薄れて小島がぼんやりと見えた。
「まさか……」
声を上げたのはリズレッドで、さすがの彼女も口を半開きに唖然となっていた。
「そのまさかです。あれがこれからあなたたちを『灰色の聖地』へと誘う、海を渡る流浪たちの住処――船団都市です」
全員が息をのんだのがわかった。
気づかないのも無理はない。まさかあれが海に浮かぶ船の群れだなんて、とてもじゃないけど信じられない。
この辺の風景に馴染みがない俺たちには、あれは大昔からここにある地形そのものにしか見えなかった。
あれはまさしく島だった。
遠くのため子細に確認できないけど、建造物があり、森があり、そしてなによりも――帆もなければ船の形すらしていない。
完全な陸地そのものの風貌だった。
けれどアステリオスの言葉を裏付けるように、膨大な数の船があの船団とこの港をつなぎ、忙しなく食料を運ぶ働きアリのように往来していた。
「噂には聞いていましたが……まさか、あれほどだなんて」
アミュレは唸り声を上げた。
「え、アミュレはあの船……といったら言いのかわからないけど、知ってたのか?」
「アカデミーのとき、知識のひとつとして程度ですが教わりました。その成り立ちや、生業についても」
そう言いながら、彼女がアステリオスへ視線を向けた。
アーモンド型の瞳が、訝しむように彼を写す。
「危険はないんですよね?」
アステリオスは困ったようにひとつ息を吐くと、どう伝えたものかと思案するように宙に瞳を走らせたあと、告げた。
「正直、僕にもわかりません。乗船許可を取れただけでも、かなりの幸運だったぐらいですから」
「……」
二人の間の空気が重さを増したのがわかった。
俺はひとまずそこに割り入った。事の真意はわからないけれど、楽しい船旅をこんな重苦しい空気で迎えるのは避けたかった。
「とりあえず落ち着いてくれ。ええと、どういうことなんだ? 教えてくれアミュレ。あの船について、何を知ってるんだ?」
「……あれは昔、人殺し達が造り上げた船なんです」
「……え?」
ぎょっとなって訊き返した。
それに応えたのは、彼女ではなくアステリオスだった。
あくまでも穏やかな顔のまま、彼は少しだけ緊張みを帯びた様子で言った。
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