02

ガゴォッツ!!


「くっ!?」


 俺は巨人が繰り出してくる岩石の鉄槌を避けながら、懸命に弱点を探った。

 幸いなことにゴーレムは、その巨体が仇となり一撃ごとの動作が遅く、思考を巡らせる時間は十分にあった。


 だが、だからといって油断はできない。

 大質量の拳は大地へ打ち付けるごとに地面を揺らし、地形を崩した。

 戦闘する前と比べて、回避を行うための足元の状況が次第に悪くなっているのだ。そして勿論、一撃でも喰らえばゲームオーバーである。

 

 何度目かわからないスタンプ攻撃を、今度は横転せずにかわす。少しずつではあるが、確実に相手の攻撃に慣れ始めているのが実感できた。


 起き上がったゴーレムが、見失った俺の姿をきょろきょろと探し、再び一目散に邁進してくる。その索敵の仕草からして、奴は岩石のモンスターだが、両目で俺を視認しているようだ。

 あの鎧のような岩の外皮の中で、光を映さぬ瞳が俺を睨み据えているのがわかった。


 ……だとすれば。


「目なら刃が通るか……!?」


 装甲は砕けずとも、視覚情報を遮断すれば勝機はある。問題は五メートルの身長を誇る奴の頭部にどう攻撃を届かせるかだった。

 なんの策も打たずによじ登ろうとしても、途中で叩き落されるのは目に見えている。


「……だったらッ!」


 俺は猛然と迫ってくるゴーレムに向かい、両腕を前に掲げると、勢いよく叫ぶ。


「【ファイア】!」


 その呪文と呼応し、前方に炎が吹き上がった。しかし突進こそ止んだものの、岩である奴に火炎はダメージが薄い。うろたえた様子もなく炎を見据えるゴーレムは、まるで獲物の無駄なあがきを楽しんでいるかのようだった。


 その一瞬の余裕が、俺の真の狙いであるとも知らずに。


「【疾風迅雷】ッ!」


 再び速度強化のスキルを使用すると、俺はそのまま全速力で前進した。前方で燃え上がる炎に突っ込み、熱波が容赦なく体を焼く。


 ダメージがHPのゲージを容赦なく削るが、そんなことは構わず、勢いをそのままに足を折り曲げると、力を込めて地を蹴った。


 脚力の向上を水平移動ではなく垂直移動へ。上方向へ向けたベクトルが、頭上高くにかまえるゴーレムの頭部に猛然と迫った。


『!!』


 炎の中を突っ切ってくるとは想定していなかったゴーレムは、その跳躍を叩き落とすチャンスを逃した。そして、


「もらったァ!!」


 そのラグに勝機を見出した俺は、全力で奴の装甲の穴……奥に潜む瞳に向けて剣を突き刺した。


 ガギッツ!!


 漆黒の刀身が――《ナイトレイダー》が、奴に初めてダメージを与えた。

 だがそのとき、パキン、と嫌な音が響く。

 突然、抵抗感がなくなり、思わず体勢を崩しかける。


「ッ……!?」


 咄嗟に見ると、突き刺したナイトレイダーの刀身が、真っ二つに折れていた。

 ただの武器と言えばそれまでだが、まるで積年の友を失ったような喪失感が胸を貫く。


『……! ……!!』


 しかしゴーレムはいまだ健在であり、悲しみに暮れる暇を俺に与えてはくれない。

 奴に痛みはないようだった。ただ突然情報を送らなくなったカメラに対して、行動エラーを起こしたように、ぎこちない動きを繰り返している。


 俺はトドメを刺すため、その兜の中に、盛大に何発も魔法を解き放つ。


「【ファイア】! 【ファイア】! 【ファイア】! 【ファイア】!」


 折れた《ナイトレイダー》の葬いの如く、その巨体を炎で焼いた。

 奴が視界を失ったことで困惑している今がチャンスだ。残っているMPを全て空にする勢いで、俺は魔法を唱え続けた。


 ごうごうと燃え盛る火炎の熱が、術者である俺の体をもちりちりと焦がした。だがそれは、装甲内部が極度の高熱となっていることを示している。

 果たしてゴーレムはその動きを止めると、ずずん、と両膝を地に落として、その機能を完全に停止させた。



 EXP +2100

 G +5000

 LvUP 25 → 26



 経験値が表示され、安堵した俺はそのままゴーレムの頭から降りた。

 再び奴を見上げると、その大きさを改めて確認する。サービス初日に比べてレベルの上がりは遅くなってはいたが、それでも着実に実力をつけることができているのだ。この動かなくなった巨人が、その証拠だ。


 そんな感慨にふけっていると、リズレッドが駆け寄ってきた。


「よくやったな。やはりラビは私が見込んだ通りの男だ」

「ありがとう。でもまだまだだ。もっとレベルを上げないとリズレッドには追いつけないし、他のプレイヤーにも置いてかれてしまう」

「……君が前に言っていた、廃プレイヤー……という召喚者のことか?」

「ああ。俺は大学に通いながらこの世界にきてるからなぁ。どうしても時間に余裕のある人たちにはアドバンテージを取られるんだ」

「焦ることはない。君は君の歩幅で進んでいけばいいんだ。それに」

「それに?」

「勝ったから良いものの、今みたいな無茶な戦い方をしたら、いつか取り返しのつかないことになるぞ?」


 リズレッドはそう言って、炎でボロボロになった俺の体を見た。

 確かに、我ながらひどい有様である。


「うーん、とはいっても、あのときは咄嗟でさあ」

「それはわかっているが……なあラビ、頼むから死なないと言っても、無茶な戦い方だけはしないでくれ。身を削る戦闘方法に身を浸した者の末路は、いつの世も悲惨なものだ」


 リズレッドが本気で俺のことを心配してくれているのがわかった。しかしそれでは、いつまで経っても俺は彼女の後ろに控えるだけだ。《エデン》に到達して賞金を貰い、エルフの国を再興するという約束も果たせなくなってしまう。

 彼女には悪いが、少しばかりの無茶は仕方ないことのように思う。


 話題を変えるため、俺は手に持った《ナイトレイダー》を掲げた。先ほどまで綺麗な刀身を誇っていた黒剣は、今は二つに折れて、静かにその役目を終えていた。

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